かみさまのいうとおり - 2/3

昼休みは晴れていれば会社近くの公園で過ごす。隣の人とぶつかるほど混雑する定食屋に入る気にはならないし、昼間からお洒落な店は肩が凝るから。
昨日買ったばかりの文庫本を片手にコンビニのサンドイッチをかじる。日差しが夏に向けて日々少しずつ鋭くなってきている。暑いシーズンの避難場所をそろそろ考えなくては。
空になった包みを、手首に通したビニール袋に突っ込む。文章を目で追ったまま、座面に置いていた缶コーヒーのプルタブに指をかける。人差し指に一瞬力を入れると、つるりと滑った。
目だけそちらにやってもう一度引き上げようと試みる。昨夜爪を切ったばかりでほとんど深爪のようになった指先はうまく細い金属を引っかけられない。
仕方なく本を置き、両手で挑もうと缶をつかむと、小さな影が膝に落ちた。
「困ってんの?助ける?」
思わず後ろに下がると、背中がどんと背もたれに当たる。子どもが目の前に立っていた。手元に集中していたとはいえ全く気がつかなかった。
勤務先の社員に見かけられると、やれ隣はいいかとか、一緒に会社まで戻ろうだとかうるさいので、だいたい人気のない公園を日替わりで選び、休憩中もそれとなくまわりには目を配っている。さっきまでこのベンチのまわりには、自分と、鳩が3羽ほどしかいなかったはず。
「それ、開けてやる。貸して」
伸びてきた腕は細く頼りない。白く光るような色の髪に赤い目。日本人離れした容姿の子はぶかぶかのTシャツ1枚しか身につけていなかった。ギリギリ尻が隠れる丈の裾から、生身の足がすらりとのぞく。靴も履いていない。
慌てて辺りを見回す。保護者らしき姿は見当たらない。今時のご時世だ、誘拐犯や変質者に見られてしまう。
「ふ、服は」
「今、娑婆におりたばっかりなんだよ。俺の格好、変?」
変に決まっている。娑婆ってなんだ。突っ込みどころは山ほどあるが、ごっこ遊びを知らない大人とするような年齢には見えない。
「ズボンを履いた方がいい」
絞り出した言葉はそんなものだった。ズボン?と首をかしげた子どもに、自分のスラックスを指す。その子どもは持ってないと言った。
「神様がくれなかったから」
「神様?」
「俺、鬼なんだけどさ、地獄で獄卒の仕事をめちゃくちゃがんばったから、次は輪廻転生の輪っかに乗せてくれるって、神様が」
頭がくらくらする。夢でも見ているんだろうか。
そんな状況をからかうように白と黒の縞っぽい模様の蝶が2羽、頭の上の方へひらひらと舞ってきた。現実から目を背けたい目線がついそれを追う。同じように蝶を目で追ったその子が、すごい速さで腕を振るった。
3本の指で捕まえたその虫を、子どもはぱくりと口に入れてしまった。もごもごと口を動かし、嚥下する。
ぎょっとした俺を放ったまま、あっ、と声をあげたその子が、これなら持っている、と広げながら見せてきたものは。
虎の毛皮の模様に似た柄の、どうみても下着。言い訳がましく短パンだと言い張るにも無理がある。
それでも何もないよりはましだ。それを手に持っているということは、今このシャツ中身の下半身は何も履いていないということ。一刻も早く履くよう、促した。さっきの蝶の件は忘れることして、頭の隅に追いやる。
「わかった!お前、神様に似てるから、言うこときく!」
どや顔で虎のパンツを履く子ども。まわりに誰もいないかとにかく気になって無駄にきょろきょろしてしまう。
長い足がふわふわした布地の穴を通り抜け、ちらりと見えた小さな下半身がそこに収まった。本当に何も履いていなかったのか。
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、しゅるしゅるしゅる、と手足が伸び始めた。
「んんん~っ」
伸びをした姿勢そのままに、にょきにょきと大きくなっていく。あっという間に俺の背丈を超える大男になった子は、恥ずかしそうに頬をかいた。髪と眼の色そのままに、モデルのような整った顔と、アスリートのようにふんだんに筋肉のついた肢体。ぶかぶかだったTシャツは臍が出る長さになっており、腕のまわりは盛り上がった筋肉に引っ張られてぱつぱつだ。
状況を飲み込めない頭の中に流れたのは、『おに~のぱんつは』という昔懐かしい童謡。
「履いたら元の大きさに戻っちまうんだ。驚かせて悪かったな。それ、開けてやるから」
固まってしまった俺の手からコーヒーを取って、銀髪の男は笑った。バグにしか見えない手と缶のバランス。自分も平均より大きい方だけどここまでじゃない。
太い指で懸命にプルタブを起こそうとしているがその指では難しいだろう。つるつると滑るようで焦っている。自分でやるからいい、と手を出した時。

ぐしゃっと不気味な音がした。

伸ばした手にびちゃびちゃと飛び散る茶色の液体。握られていた缶が、つぶれていた。歪にへしゃげ、あちこち破れてコーヒーが噴き出す。
「あっごめん!」
焦る声。茶色く染まっていくワイシャツの袖口を見ながら、今日はもう帰宅しようと思った。

 

サイズがぴちぴちのTシャツに虎柄の下着の大男、という、さっきより不審な姿になってしまったその生き物をとりあえず公園のトイレに隠して、一度会社に戻った。荷物を取って早退する旨を伝え、近くの商業ビルのファストファッションの店舗へ向かう。一番大きなサイズのボトムスとTシャツ、スニーカーを購入して、持って行った。
ごそごそと、扉の向こうで着替える気配を感じながら、この現実を嚙みしめる。だがよく考えれば、服を渡してしまえばここで終了だ。最低限、人としてやることはやった。

そう思ったのに。

すっかりその辺の人間と同じような恰好にはなったものの、背丈がでかくてやたらと目立つその存在は、なぜかついて来た。
なにやら俺はこいつの言う『神様』とやらに似ているらしい。こいつは『鬼』で、人間に転生するための最後の仕上げとして、この世で徳を積むために来たんだそうだ。俺が困っているように見えたから、ひとまず声をかけたらしい。
何から何まで信じがたいが、目の前で子どもの姿から急に大きくなる様を見せられてしまってはなんの反論もできない。この話が本当であるならば、一刻も早く離れなくては、平和で波風立たない人生がどこかへいってしまう。
そんなことを思っている横で、さっそく自販機の下を覗き込んでいる老人が目に入る。小銭でも落としたのだろう。
鬼はなぜか、履いたばかりのボトムスをいそいそと脱ぎ、虎のパンツ丸出しで、そこへ大股で近づいた。
「困ってる?」
老人は顔も上げずにしわがれた声で言った。
「10円落ちてしもうて」
「わかった!」
ぱあっと嬉しそうな顔をした鬼は自販機にピタリと張り付き、抱きつくように角に添えた手に力を込めた。止める間もなく、色とりどりの飲料が並んだそれが、ぐぐぐ、とまるで玩具のように浮き上がる。あった、と大きな声で叫んだ老人は落とした10円と、ほかにも入り込んでいたのであろう小銭を手早く拾った。
どし、と元の場所に自販機が戻る。後ろから拍手が聞こえた。振り向くと通行人が何人か足を止めてこちらを見ている。
老人はこの異常な怪力に気づいていないのか、お兄ちゃんありがとなぁ、と銀髪の大男の背中をばしばしと叩いて去って行った。相手が年寄りでよかったかもしれない。
照れくさそうに、まわりの目に対して一礼して、満足そうな様子でそばへ戻ってくる鬼。だんだん頭が痛くなってきた。
「あんまり目立つことすると……俺は困る」
「えっあっ、悪い!あの人助かったけど、お前困った?どうしよう、俺どうしたらいい?」
途端にあわあわと騒ぎ始めた口を手で塞いだ。
「お願いだから、静かにして。それとズボン履いて」
矢継ぎ早に言ってズボンを押し付けた。だいたいもう俺についてこなくてもいいのではないか。服は用意したし、これ以上の世話をする必要はない気がする。
急にしょんぽりして鬼は受け取ったものを履いた。
「俺、もう困ってないから、ついてこなくていいよ」
缶コーヒーはつぶれてなくなったし。そう伝えるとぶんぶんと首を横に振る。
「だめ、俺がお前といたいんだよ!お願い、一緒につれてって!な?」
神様とやらはよほどこいつに好かれているのか。
「あんたがついて来ない方が、目立たないから俺は困らない」
「え、やだ!そんなこと言うなよ目立たないようにするから!な?頼むよ」
「デカいから立ってるだけで目立つし……」
「ええっ!けちけちすんなって!見た目ばっかり神様みたいなくせに!子どもに戻って大きな声出すぞ!さらわれる!って」
だめだとわかったら脅しにかかってきた。魂ごと出ていってしまいそうな深いため息が零れる。困っている人を助けて徳を積むためにこの世に来たのではなかったか。それとも俺の困り事だけカウントされないのか。
理不尽極まりないが、さっきの危うい少年姿で大声を出されてはたまらない。あんな可愛らしい容姿の子どもと、口数少ない地味な大人の自分とで、どちらの言い分が世間に通るかなんて一目瞭然だ。
連れて帰るしかないらしい。
黙ってしまった俺の、コーヒーで汚れた袖を引っ張って、鬼は小首をかしげながらお願い、お願い、と目を潤ませながら迫ってくる。正直暑苦しい。いくら美人とはいえ、そんな図体で可愛いと思ってるんだろうか。
「好きにすれば」
空高く存在しているのであろう、まだ見ぬ神様とやらを心の底から恨みながら、もう、そう言うしかなかった。

 

自分の住処はワンルームマンションだ。普通の人間よりも大きな身体の男が2人で居るには狭すぎる。自分ひとりですら手狭なのだから当然だ。本当はもう少し広めの部屋を借りてもよかったのだが、いかんせん掃除が面倒くさかった。
部屋の半分を占めているベッドにとりあえず大きな鬼を座らせてみる。
座ってもデカいものはデカい。どこに居させても感じてしまいそうな圧迫感には目をつむって、とりあえず自分の着替えを済ませた。ワイシャツはクリーニングに持って行くよう袋に入れて玄関のドアノブに引っかけておく。
「いつまでいる予定なの」
家の中までついて来たということは、どうせしばらくここに住み着くつもりなんだろう。
「わかんねーんだ」
「は?」
「神様がいいよって言うまで」
思わず天井を睨みつけてしまう。目に映るのは見慣れた白いクロスだけで、透けて見えたとしても腹が立つほどの晴天の空。そのもっともっと先に姿の見えないそれはふんぞり返って座っているのかもしれない。
鬼が言うには、神様の合格ラインまで良い行いをすれば、迎えに来てもらえるらしい。
随分と大雑把な約束だ。なんでも神様の言う通り、なのか。
「でも俺、暑さ寒さは感じないし、ほら食べるものもその辺で捕まえるし、邪魔だったら家にいる間小さくなってるからさ」
そんなに手はかからないと思う、と豪語するがそういう問題じゃない。それにその体躯にして食べるものが虫とは、エネルギー効率はいったいどうなっている。
「それにさ、」
言おうか言うまいか悩んでいるように、鬼は目を左右にうろうろさせた。苛立ちを抑えきれずに低い声で何かと問うと、少し頬を赤らめながら伏し目がちに言葉を続ける。
「お前、どっかの生で、俺の弟だったことがあるんだって」
「は?」
「俺も覚えてないんだけどさ。神様が言ってた」
また神様。
「だからその……そのさ、」
「なに」
「お、お兄ちゃんって、呼んでもいいよ」
今度こそ本当に眩暈がして壁際の仕事机によりかかった。冗談じゃない。指先で眉間をつまんでぐりぐりと押さえる。これまで生きてきて、特別良いことをやったことはないが、悪い行いをした覚えもない。それなのにこの仕打ち。
「そんな呼び方はしないし、俺が困ることになったらいつでも追い出す」
「うん……」
兄と呼んでもらえないとわかった途端、あからさまに鬼は肩を落とした。誰が今日会ったばかりの、よくわからない存在を兄と呼べるだろう。
これ以上話しても事態は一向に好転しないことだけはわかった。
とりあえず、袖の汚れが落ちなくなる前に、クリーニングに行ってしまおうと、財布とケータイをポケットに入れる。
鬼はしょんぼりと目線を落としたものの、すぐ違うものに気を取られて顔を上げた。スツールに置いていたリモコンをひょいとつまむ。
「なにこれ?」
「ああ、エアコンのリモコ……」
言い終わる前にガシャ、と嫌な音がして親指と人指し指の間でそれはつぶれていた。さっきの缶と同じだ。
「あっあっ、ごめん!力の加減が難しくて…」
「俺が困ることになったら追い出すって……」
「ごめんって!小さくなるから許して!」
バタバタと慌てふためいて鬼はボトムと虎の下着を脱ぎ捨てた。みるみるうちに身体が縮んで、すっかり最初に見た姿になる。
「このパンツ脱いでれば、力が抑えられるんだよ。神様がそういう風にしてくれたから」
鬼というのはとても力が強いのだそうだ。現世におりてくる時に、怪力で人間に迷惑をかけてはならぬと、神様がパンツに力を封じ込めたとかなんとか。
そんなことはもうどうでもいい。エアコンのリモコンは困る。
さきほどからの積み重ねで噴火しそうな機嫌は隠しきれないし、隠すつもりもない。じとりとねめつける。
「怒った?その、あの……お、お仕置き、する?」
「は?」
「悪いことしたら、お仕置きされるんだ。お前もしていいよ」
椅子を引かれて座らされ、膝の上に伸し掛かられる。右側に白い布1枚だけで隠された尻が位置した。
「お尻、たたいて?だめなことしたから」
ちょっと待て。
つまり、お仕置きとはお仕置きなのか。神様は案外俗物ということか。どころか変態か。
「そういうのはいい」
「だめ、叩けよ。そうじゃないと許してもらえない」
ぷくっと頬を膨らませて子どもの鬼は言う。ひとまず叩かねば納得しないのだろう。はぁ、とまた大きく息を吐いて申し訳程度にシャツの上からポンと尻を軽くはたいた。
「ちがう、もっとばちんって」
求められることが滑稽すぎて、怒りを通り越し呆れになってくる。この、昼間から立て続けに起こっていることがあまりに現実味がなくて、もう言われる通りにすることにした。
少しだけ力をこめ、さっきより大きな音を立てて丸い肉を叩く。
「あっ!そう、そんな感じ。もっと、強くしていい」
叩かれているはずなのに鬼の声が甘みを帯びる。自らシャツをまくって生身の尻を剥き出しにして、そのプリンかゼリーみたいに張りのある臀部を左右にゆらゆらと揺らした。
「気持ちいいの?」
正直な感想を口にするとその顔が一瞬で真っ赤に染まった。ちがう、気持ちよくない、お仕置きだから、というその顔は喜んでいるようにしか見えない。
「じゃあもっと弱くするよ、痛そうだし」
ほんの少し生まれた意地の悪い気持ちに従って言葉を紡ぐ。すると鬼は悲しそうな顔で首を横に振った。
「だめ…ちゃんと叩いて……大丈夫、見た目こうだけどほんとは大人だから……」
神様はこの鬼をどうやらそういう風に躾けているらしい。喜ぶならまぁいいかと、だんだん自分の判断がおかしくなっていることは無視して、思い切り手を振り上げた。
ぱん!と乾いた音がして、みずみずしい肉に手の平がはじき返される。ひゅ、と息を吸いかけて止まってしまった顔はあからさまに緩んでいた。
続けざまにぱん、ぱん、ぱん、と3発打つ。
「っ、ふっ、ああっ」
こらえきれない、といった感じで薄い唇から声が漏れた。自然と片方の口角が上がる。自分の中にこんな加虐心があったとは。
「嬉しいんじゃん。ぜんぜんお仕置きにならないね」
ぱぁん、と音が尾を引くほど叩きつけると、しなやかな背中が反って声も出せずにびくりと震える。衝撃を求めて左右に揺れていた下半身の動きが変わっている。前側の性器をこすりつけるように、前後に細かく動いていた。
足の間から手を入れて確かめる。一瞬ぎょっとした顔をした鬼はそれでも抵抗しなかった。短い会陰を通り過ぎると一丁前に熱く勃ちあがっているものがスウェットに染みをつくっているのに触れた。するりと撫でるとおもしろいくらい尻が跳ねる。
「ひゃ、あっ!?」
「どうするの、これ」
「あ、あ、ごめんなさ……」
どうもこの顔には普段隠されている獰猛な部分を引きずり出される。うすく浮かんだ涙、赤くなった頬、潤んだ口元。もっと崩してみたくなって、ベッドの上に転がした。なんで、と戸惑った顔は無視して、ぷるんと上を向いたそれをぱくりと口に入れた。
「ひあっ?なん、でっ……なんでぇ……」
「神様はこれ食べないの?」
「……た、べる、けど、ぉっ……」
予想通りだ、つまりそういうこと。口に入れた、硬さのある小さなものに舌を這わせる。先の方からしょっぱい体液がじわじわと滲んで唾液と混ざる。それごとなすりつけるように竿を包み込んで何度も舌を往復させた。
「あっ、ひ、ゥ、ああ、だっ……めぇ、だめ……っ」
引きはがすつもりで頭に伸びてきたのであろう手は、無意識なのか股間に押し付けるように動いている。鼻をすする音と、頭をふるたびにシーツに擦れる髪の音。押し付けられたままに深くくわえ込んで、じゅうと吸ってやるとそれはあっという間に口の中で爆ぜた。
「ううんっ……」
ひん、ひん、と泣きながら息をつく姿に満足する。今日の半日の出来事を考えれば、これくらいは許されてもいいだろう。
お仕置きすんだからもういいよ、と身体を起こすと、今度は鬼が俺の股座に頭を埋めようとした。
「それはしなくていいから」
「やだ、させて。それともこっちする…?」
頭の代わりに尻をこちらに向けようとするが、さすがにそこまでする気はない。だいたいこんな小さい身体に自分のものが収まると思えない。
断られた理由はすぐに思い当たったのだろう、床に落とした虎柄の下着を手早く履いて元の大きさに戻った鬼はその手で臀部を左右に広げた。黄色い布が引っ張られて、柔らかい肉は隠されているのに穴だけがのぞく。
「これなら入る?」
「入れてほしいの?」
質問に質問で返すと、言葉に詰まった口のかわりに、後ろの穴がぱく、と返事をした。いったい神様とやらはどういう育て方をしているのか。それとも地獄とかいうところでは、これは当たり前の行為なのか。
地獄なのに神様なのかとか、エンマ大王様じゃないのかとか、考え始めたら最初から突っ込むところはたくさんあって。
それでもその時の空気に流されて、ついて来ることを許してしまったのは自分だ。この、人ではない存在の、日常とはかけ離れた行動を目の前にしては、何が正しいのか、これまでのちっぽけな人生で培われた物差しなんか役に立たないのかもしれない。
案外流されやすいのかもしれない自分に嫌気がさしながら、まだ兆していない自分のものを、欲しがる穴に入れるために手で包んだ。

 

お仕置きとやらで鬼の気が済んだあとは、大人サイズの服を無理矢理体に合わせてまくりあげ、子どもから大人まで服のサイズがそろう店に連れて行った。大きい物と小さい物を生活に必要そうな枚数選んで、買う。本人が気に入ってしまった毛布も一緒に。クリーニングにも忘れず行って、家電量販店でリモコンも購入した。
そうして少しずつ、生活の中に、今までの日常にいなかったものの居場所を作ってしまった。たいしてお人よしでもない自分がどうしてそうしたのかわからないが、期間限定でペットでも飼うことになったと思えば、となんとなく納得させて。広さの足りない部屋に、またその存在を連れて帰った。

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