スモロログ1 - 5/5

「お疲れの男がお気に入りぬいぐるみを枕にして寝てしまい、翌日、無残につぶれた白くまのお顔を見つけておこなロー」

ベランダはすでにぬめりとした空気に覆われていた。屋外で使うものを放り込んである箱をロックする。それからローは、まだ残っていた洗濯物を無造作に抱えて床に放り投げ、物干しざおをフックからはずして横たえた。濃い灰色の雲は今にも雨を落としそうだ。
リビングのテレビは朝からついたままで、間もなく公共交通機関が運休すると知らせている。追って暴風域に入るだろう。ベランダに通ずる掃き出し以外の窓を再度みてまわる。鍵はかかっている。風呂も洗面も。
トイレの窓も確かめて、ベランダのスリッパを中に入れカーテンを閉める。これで仕上げだ。今日に限ってスモーカーが家の鍵を忘れていても、どこぞで酔っぱらって鍵を失くしていたとしても、玄関で呼び鈴を押す以外に家に入る路はない。
忘れていた、ドアノブに引っ掛けてある虫よけが飛んでいってしまう。
ローは鉄の扉を押した。外から押さえつけるような圧力を跳ね返すと隙間から埃と葉の匂いが濁流のように押し寄せた。どこかでプラスチックが転がる音がする。何軒か先のポストから、突っ込まれたままのチラシが一枚ずつ攫われて廊下を流れていく。幸いにも引っ掛かったままだったものを掴んで後ろ手に扉を閉めると向こう側ではごうと風が吠えた。
知らず詰めていた息を吐く。洗面所から白くまの丸いお尻がのぞいている。晴れてさえいれば、風呂に入れてお日様の下で干してさえやれれば。何もかもタイミングが悪かった。
そびえる扉を睨む。時折外壁を叩きつける轟音と、ひゅうと渦を巻きながら飛び回る湿った空気を聞くと、腹の底が戦う予感に震えた。ポケットのスマホから、帰宅の予告を知らせる通知音。
さぁ帰ってこい。
ローは床を踏みしめた。スモーカーがこの扉を開ける頃、荒れ狂う景色が見える。

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