スモロログ1 - 2/5

スモロワンドロワンライ「子供」

かこめかこめ
かごめかごめ

子どもの声がする。
はからずも闇のブローカー印のタンカーに乗せることになった子どもたちの名残が、まだ遠く波の上を漂っていた。世間から隠された炎と氷の研究所。勝手な大人にふりまわされ、不自然に大きくなってしまった体に、その分の喜びを抱えて、今か今かと親元へ続くであろう航路をゆく。スモーカーはその船影を見送って踵を返し、毒ガスで固められてしまった者たちを救助すべく島内へと走っていく部下を送り出したところだった。迎えの軍艦が着くまでまだかかるだろう。新しく火を付けた葉巻を存分にふかすと、冷たい空気の中を煙がゆるく環になって迷っていた。

かごめかごめ
かごめかごめ

さっきの子どもたちではない。ひとつの幼い声が幾重にも、不自然にずれたように唄い始める。囁きほどの大きさがあっという間に数を増やし、耳を占めた。馴染みのない旋律にあわせるように煙が厚く重なってゆく。スモーカーは口から葉巻をはずした。つい癖で反対の手を背中にまわすが、十手は先の戦闘で折れてしまった。舌打ちすると、指に挟んだ二本の先から、煙が白く膨れて溢れ出す。

かごのなかのとりは
いついつでやる

さっきの子どもたちはそんな遊びをしていただろうか。スモーカーを囲んでまわる靄がぼんやりと形になってくる。白地に黒っぽいまだら模様の帽子をかぶった青白い子どもだ。鍔でいくらか隠れているものの、顔の半分もありそうな落ち窪んだ眼窩には、見慣れた隈。
ロー、と言いかけたものは音にならなかった。風が吹く。雪がまた一段と重く降って視界に色がなくなる。さっきまで見えていた雪山も、残っていた部下たちも覆い隠されてしまう。スモーカーは両足を踏ん張った。ひとり、ふたり、さんにん、よにん……と同じ姿形が手を繋いでゆく。皆同じ帽子に白いシャツ、まだ別の能力者がいたのだろうか、明らかに人でない様子の白い子ども。

よあけのばんに
つるつるつっぱいた

それは互いの手を引っ張り合い、右へまわって、左へまわって、時々足を滑らせ、もつれさせた。よく見れば手首と手首が細い紐のようなもので結ばれていて、どれか一人が一方へ引けば皆がつられてそちらへ動く。転げそうになりながら、唄うのを止めることなく、あちらへ、そちらへ、かごめかごめと。
これは能力か、幻覚か。それともあいつが遺していったものなのか。ロー、俺を生かしたことに意味はないと言ったお前は、何を。スモーカーは左右につられる目線を正面に引き戻しながら考える。手を繋いでまわる子どもの大きな目は皆真ん中を向いている。その環の中の自分。
「囲め……?」
ぐるりと幼い人影を見回すと、最後に目が合った子どもがついに転げた。
一人分低くなったところだけ吹雪が開けて、その向こうに見えたのは、さっき縛った首のない海賊どもだ。

うしろのしょうめんだぁれ

スモーカーは振り返った。拘束から逃れようとくねる首無しを視界の端から追い出して向き合った正面。そこにはひとりだけ黒く、全身に糸の絡まったローがぶら下がっていた。右も左も手を引かれ、不自然な恰好で立たされた姿。帽子と服は煤けて汚れ、右肩がおかしな方向に曲がっている。
「首が!飛んできたァ~~~~~~!!」
側頭部を殴るような怒声は部下のものだった。瞬く間にすべて消えてしまう。目から耳から入る景色が元の島に戻る。スモーカーのまわりをたゆたっていた紫煙が雪と共に後ろへ吹き飛ばされ、海賊の首が音を立てて胴体にめり込む。重い雲と雪の海岸、目を凝らす間もない速さで派手なピンクの羽根が駆けてきた。
「ドフラミンゴォ~~~~~⁉」
空気が震撼する。覇王色の覇気を叩きつけられる身体の中で、スモーカーの心臓が力強く拍動した。ローとドフラミンゴに確執があることは明らかになったばかりだ。俺の心臓をその胸に隠していたからか、ロー。動脈も静脈もすっかり元の通りにつながった心臓は、恐れとも歓喜とも取れる、自分のものでないような荒々しい脈を打った。
「クソガキ共はどの方角へ消えたァ‼」
癇癪を起こした七武海の指先から放たれた糸が倒れなかった男たちを斬り捨てる。子どもの姿のローに絡みついていた糸。裏社会を牛耳るこの男に何を仕掛けるつもりなのか。麦わらの船に乗る前の、唇を引き結んだ顔が浮かぶ。
「…さァ、知らねェなァ」
スモーカーは破裂しそうな心臓に激情を溜めながら、ジョーカーに向き合った。
ロー、お前の後ろの正面は。

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