いただきます。
仕事で里を出ている時をのぞいて、夕飯は父を中心に、九人の子どもたちと三人の母親で揃って取る。麦を入れて炊いた飯、漬物、今日は川魚が焼いてあるうえ汁物まであるので先日の報酬がよかったのだろう。手を合わせた後は箸が陶器に当たる音だけだ。まだ仕事に出られない歳のきょうだいは父と目を合わせないよう俯き、小さな口にめいっぱい頬張る。食べるのが遅いと後で折檻に合うからだ。なるべく音を立てぬよう、遅れぬよう、粗相をせぬよう、細心の注意を払う食事は味がしない。姉と俺と二つ下の弟は、その場に居る者たちの様子に気を配るくらいのことはできるようになっていた。仕事で命を狙い合う相手と食事を取ることもある。反対に、何日も食べるものを口にできないこともある。それに比べれば、家での食事はまだまともだったからだ。父より先に食べ終わってはいけないので、皆の皿をさりげなく伺いながら咀嚼の速度を調整するのも、慣れっこになっていた。
今夜は雨を蓄えた雲が分厚く空を覆っていた。季節柄、ねっとりと体にまとわりつく湿度も手伝って、本日の夕餉は、生きるための行為なのにまるで死人の集いのようだ。息をするのも苦しい沈黙を破ったのは、下から三番目の弟だった。茶碗を持ったまま、突如額を膳に打ち付け、不自然に喉を鳴らした。半分身の残った魚が畳に跳ねる。
「おえっ、おっ……ぐ」
見る間に鳥肌が広がった小さな体は、背中を膨らませたかと思うと、飲んだばかりの汁を勢いよく噴いた。規則正しく響いていた食事の音が、びしゃりという水音で阻害される。弟の生母は漬物を口に運んだまま青ざめていた。箸が歯とぶつかる音が新たに加わる。下を向いたままの弟の顔は見えにくいが、眼球が上天している。父の膳に目をやる。あともう三口ほど。隣で足に力を込めた姉に、彼女にだけ聞こえる声で立ち上がるのを咎めたのは二つ下の弟だった。
姉は椀の残りを口に放り込んで、噛むこともせず飲み込んだ。父の完食を待つ間、幼い弟はもう一度引き攣りながら嘔吐した。びく、びく、と小さな手がのたくるのを、姉が凝視している。白目に血管が浮き上がっていた。永遠にも思える刹那の後、食事を終えた父は、わが子の姿を一瞥もせず立ち去った。
障子が閉まり、ほとんど聞こえない父の足音が遠ざかるまで辛抱して、姉が動いた。まっさきに伏した弟の喉を確かめ、横向きに寝かせる。二つ下の弟は水を汲みに走った。俺は散らばった食事を見分する。上のきょうだい三人が手早く処置を進めるのを、残りのきょうだいと母たちはただ震えながら見ていた。
ばらばらと、庭の植木に雫の当たる音が聞こえ始めていた。弟が出入りした障子の隙間から、吐き戻した子の魚に添えられていたのと同じ葉が揺れるのが見えた。雨に濡れて濃くなった青い紫陽花が、小さな花を寄せ合って涼やかに団欒していた。
(ワンライ「紫陽花」)
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