しんしんしんと、音が聞こえてくるほどに、山奥は雪が降る。小さな弟たちが身を寄せ合って布団の団子になっているところへ顔を寄せる。冬眠中の生き物を訪ねるような、小さく洞窟の形に開いた綿布団の隙間から、すう、と生暖かい風が頬にかかって、心の底から安堵した。
針でもまいたような床を、なるべく踏まないように厠へ行って、一人団子の中に気配の見当たらなかった弟を探す。
こういう夜はなるべく人肌同士で一緒に寝た方がいい。でなければ、起きたころには心臓まで冷たくなってしまう者が出る。
鼻の粘膜を突き刺す空気が肺まで入るとぴりぴりと痛む。夕飯を終えた頃から降り始めた雪のおかげで視界は白く、晴れて乾いた夜よりは多少見える。この景色の中ならば目立つはずの黒髪を思い浮かべる。どうしてだか、外にいるような気がしていた。
さく、と小気味よい音がする方へ目をこらすと、庭の端にうずくまっている小さな黒。
「なにしてる!」
声を張らず、なるべく細く、その耳にだけ届くよう伝令のようにつぶやく。こちらを向く真っ赤な鼻。顔のまわりは吐いた息がくすぶって霞んでいた。あわてて履物をひっかけ駆け寄った。
「冷えるとよくない。身体は仕事の基本だろう」
どこで誰が聞いているかわからないのは常日頃。こんな時でも素直に心配の言葉をかけてやれないことに唇を噛む。言葉を選んでいることは、同業の弟も理解している。
「兄さん、見て」
体温の奪われた赤い指が足元を指した。濡れた脛巾と草鞋の向こう、白く丸く握られたうさぎの雪が、いくつも並んでいる。南天の赤が真横に整列してこちらを見上げてきていた。
「ちぃが、朝になったら雪うさぎ作りたいって言ってたから。試しにやってみたんだけど、これうさぎに見える?」
「わざわざ今やらなくたって」
「思いついたときにやらないと忘れるでしょう」
「そうだけどよ」
呆れると汗が冷えてますます寒かった。よくよく見るとうさぎはただの楕円でなく、耳と鼻が絶妙に盛り上がっており、完璧主義の弟らしい出来だった。造形はこだわった様子なのに、表情がないように見えるのは必要がないからか。
いち、に、さん、全部で九羽。ひとりで作ったらしかった。
「明日になってまだ残ってたら、見せてやれよ、喜ぶ」
作り方を教えてやるつもりでもあるのだろうか。やりたいと言っていた末の弟の顔を思い浮かべ、かじかんだ作者の手を握った。
「しもやけになる前に中へ入るぞ。こっそり火鉢たいてやるから」
こういう指先を舐めていると痛い目を見る。凍て腐って指を落とす羽目になった里の大人のことを、弟も知っていた。素直にうんとうなずいて俺の手を握る。冷たい。
「ああ、待って」
家の方へ並んで歩きだす刹那、ふと並んだうさぎを振り返った弟が、なんの違和感もない動作で片足を振り上げる。あまりに自然で何をするのか考える暇もなく、その足裏が続けざまにざくざくとうさぎを三つ潰してしまった。
なにを、という言葉が出るより先に。
「ろく、でよかった」
硬貨でも数えるように、数を確かめた弟。ずんと重く、足が雪にめり込んだ気がした。先週のことだ。九人いた子どものうち、三人目の弟が死んだのは。
喉から野蛮な獣が飛び出そうになって口を引き結ぶ。こんな時間にこんなことをしていることが知れたら俺もこいつも折檻を受ける。すんでのところで理性に手綱を引かれ、歪んだ顔で弟を睨みつけると、そこには何もなかった。ただ数を合わせただけの目は、黒く丸く時に瞬くだけ。
早く入ろう、と手を引かれ何とか引き抜いた足で雪をかきわける。風に乗って降りつける雪は、いつのまにか水分を含んだダマになっていて、ぼたぼたと頬を叩いた。
朝まで降り続けばいい。末の弟の期待も、くずれたうさぎも、全部埋もれてしまうまで。
(ワンライ「しもやけ」)
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