ガシャン!
テーブルの端、天板からちょうど半分はみ出ていたワイングラスのプレートが、揺れた拍子にバランスを失い、そこへとどまっていられなくなって、中のロゼを斜めにしながらするちと落ちていった。床に散らばる透けた赤。
隣に立てたイーゼルの、大きなカンバスを抱きしめるようにして丸出しの尻を後ろから揺すられていた俺の目にはスローモーションで見えた。
ガラスが傾きながら落ちていくのって綺麗だな。いちいち色んな角度で光を反射して。ガラスはいい。割れても美しいし、華やかにも、はかなげにも見えて、どこか攻撃的だ。
そんなことを考えていると、俺の顔をカンバスに押し付けていた弟の手に力が籠る。ずる、ずる、と麻の目に擦られる頬がそろそろ痛い。
「だめだよ、ちゃんとお祝いして」
兄さん、と呼ぶ声とともに、ぱんぱんに張った弟の陰茎が一段と腹の奥を抉ってきて、ああっ、と声が飛び出る。開いた口からだらりと出た舌が、油絵具で描いた唇を、舐めた。
バリン!隣からはまたひとつ、グラスが落ちる。殺されたのはピンクのシャンメリー。
「あっ、あんっ、うぅぅ…ん、んあ、んっ」
「そう、上手だね兄さん」
伸ばした舌で、乾いて硬くなった絵具の唇に口づける。なるべく恭しく、浅ましく見えるように。ぴちゃぴちゃとわざと立てた唾液の音をかき消すように、アナルが負けじと濡れた声を上げて弟のものを咀嚼した。ああ行儀が悪い。でも気持ちいい。
また、グラスが落ちる。ばしゃん、ごり、パリン。厚みや形によってさまざまな音を奏でるそれは毎年のように俺と弟の耳を楽しませてくれた。
隣の家のベランダに飾られたイルミネーションが、リズムを取るように赤、青、白、と順序良く光って、窓から入り込むおこぼれを割れた破片が反射するのが、床を万華鏡のように見せていてよかった。
クリスマス、誰かの誕生日、そういった特別な日には、うちにいた大人はいつもガラスを割る音を響かせていて、毎年それを聞いて育った俺は、これは祝福の音だと、ずいぶん大人になるまでそう思っていた。
だから、こういう特別な日にはそれを鳴らす。鈴なんかより、よっぽど清廉な音。ハンドベルでも始めるみたいに、グラスを並べて。色とりどりの飲み物を注ぐ。別に俺たちが飲むわけじゃない。毎年この日のために描いた、赤ん坊を抱くマリア様に捧げるものだ。正しいクリスマスの祝い方なんか知らないけど、奇しくもそれは弟の誕生日で、同時に母の命日でもあるから。こうやって、弟を産んでいただいてありがとうございますって、母さんに感謝のキスを送りながらめちゃくちゃにセックスする。
「あう、あぁっ、ぁー…っ、ひ、もちぃっ…」
尻を掴んで広げた弟が、もうこれ以上はという限界まで入り込む。俺のはしたない器官をすりつぶして、擦り上げて、奥の子宮の口までこじ開けながら、何度も何度も入ってくる。粘膜がぞりぞりと削られてねちゃりと音を立て、もうどうやっても気持ちよくて、俺はますます聖母をかき抱きながら背中を震わせた。
もうすぐ。もうすぐ弟の種が注がれる。俺をお母さんにしてくれる熱い迸り。はやく、はやく。
弟の動きに合わせて腰を突き出すと、ぶくっと服れた弟のペニスが一番奥で爆ぜた。ぐ、ぐ、と弟の喉が鳴る。
「ひ、ぁあぁん!」
愛しい愛しい男の楔を腸壁がぎゅうぎゅうに抱きしめて、どろどろの白を胎内に浴びると、脳みそがブツリと焼き切れて視界が光った。涙の滲んだ目に、床で乱反射する虹色だけがちかちかと見えて、ああ、神聖な夜。
「あは…たんじょ、び、おめでとう」
後ろを向いて、ちゃんと弟の顔を見て告げた。
弟は俺の方を見ることなく尻から性器を抜く。竿に絡まったいろいろを俺の太ももで拭いて、下着とボトムを整えて。そうして悦びに引き攣る兄を見下ろして細い目で笑った。
「俺、誕生日じゃない」
母さんの、ただの命日だよ。
ひゅうっと吸い込んだ酸素が大量に入って、今度は赤くなる世界。テーブルにまだ生き残っていたグラスを掴んで、カンバスに叩きつける。それを見つめる弟の、慈愛に満ちた眼差し。
「神様に迎えられておめでとう、母さん」
祝いの音と、乱れず光る赤、青、白。
(狼狽さんに捧げた小文「福音」)
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