8/22『ブラコンのお兄ちゃん』狼狽さんのツイに寄せて
自室の扉を開けるなり舞い上がった大量の羽。
散らかる白。裂かれた布。
住宅街から残った顔を半分のぞかせた夕方の陽を、無駄にぴかりぴかりと反射しながら羽毛がいくつも落ちていく様は趣味の悪い演出にしか見えない。
部屋の惨状に疲労が倍増する。肩から鞄の紐がずり下がった。
見なかったふりをして玄関からやり直したいがきっと結果は同じだ。顔の近くにふらふらと迷ってきた羽をため息で吹き飛ばしながらそこに足を踏み入れた。
「おかえり」
予想通りの声が右耳のそばで鳴る。ずしりと肩に重みがかかって兄の顎先が刺さる。
長くて太い腕が後ろからまわされて腹の前で結ばれた。本人は抱きしめているつもりなのだろうが、どちらかというと拘束に近い。
「兄さん」
「あの女誰。2人で校門から出て来た」
一緒に通学していた高校を兄が卒業してもう1年以上。今は電車で30分ほど離れた大学に通っているが、飽きもせず3日に1回は巡回に来る。
「部活の後輩」
「前見た子と違ってた。やばいキレそう」
「もうキレてるじゃん」
キレていない人間は人の部屋に勝手に入ってシーツと布団を八つ裂きにしたりしない。引き倒された椅子は座面がズタズタだし、それに使われた極太のカッターナイフは勉強机の天板に突き立ったままだ。
「俺の可愛い弟なのに」
兄の愛は深くて鋭くて、そして重い。
この発作が起こるとしばらくは手の付けようがないので嵐が過ぎるのを待つしかない。それが弟として生まれてから今日までの間に身につけたやり方だった。
「なぁ~無視すんなよ」
肩の肉に食い込ませた顎にわざと体重をかけてくる。骨と骨の間に絶妙に入り込んだそれは筋を的確に痛めつける。
「下駄箱から門まで一緒だっただけだよ」
肩口で兄が大きく口を開けた気配がした。次の衝撃も想定内で、思い切りそこに歯を立てられる。
「あー可愛い。俺の弟可愛い」
そのまま後ろから体重をかけられて裂かれたシーツに2人で倒れ込んだ。ぼふんと、白くて軽いものがたくさん舞い上がる光景を見て兄は陶酔する。
体格差に加えて狂気で威力が増している分、力ずくでこられてはまず敵わない。簡単にひっくり返されて仰向けにされる。暴れる羽を吸い込みそうになって手で顔を払っている間に制服の中からもう下半身が取り出されていた。
「お兄ちゃん悲しいよ、ほんと」
デカくて熱い口の中で唾まみれにされておっ勃てられる。かつえていた口内は唾液の分泌が活発だ。零れた分がタマまでつたった。
兄とするのが嫌いなわけじゃない。触る長い指、大きな手の平、腰を動かすために窮屈そうにたたまれた足、大きな体が上下するごとに揺れる喉仏。視界を埋める広い胸筋も一緒に揺れているのを眺めるのは悪くない。
だけどどこまでも、わかっていない、わかってる、のキャッチボールは平行線だ。鬱陶しすぎて途中で諦め、ボールを明後日の方向へ投げ捨ててしまうからいけないんだろう。
兄の尻の中に収められたものは熱いぬめりで何度も何度も抱きすくめられる。とっくに日は沈んでしまって暗くなっていく部屋の中、2人分の荒い息と混ざる兄の甲高い愛の囁き。
「ああんっ……ほんと、かわいっ…にぃちゃんのなか、きもちい?」
「……うん」
テンポを乱すように予告なく下から突き上げると髪を振り乱して全身で味わった。身体のどの部分よりも感じ入っていることを主張している兄の巨大な陰茎が何度もばちんと腹に当たる。
「これっ……おれ、つかわね…っから、んっ、おまえに、あげる」
いつの間に持っていたのか大きな鋏を手に自分の茎を握っている。部屋に入った時から心臓に溜まり続けていた煩わしさが決壊して危うく萎えるところだった。
「兄さんの身体についたままの方がいい」
かろうじて言葉を選ぶことはできたが、どうやら耳に入っていない。
銀に光る刃が二方向から皮を挟む。それが千切れるビジョンは想像するだけで男なら誰でも肝が冷えるだろう。じわりと血がにじんだように見えたのは幻覚か。
いだい、と悲鳴を上げた兄の内臓が、中のものを同じ目に合わせてやろうとねじ切るようにギチギチに締まる。
「ぐ、うっ…」
喉から漏れた声があんまり馬鹿らしくて、面倒臭さが頂点を飛び越えた。
いい加減この茶番を終わらせるために右手を握りこんで思い切り兄の頬を抉る。股だけつながったまま、兄の上体がのけ反った。間抜けなロマンチック。
「兄さんの可愛い弟は、腐って枯れてしなびていく“モノ”をもらっていないと、可愛がられていることを忘れるわけ?」
モノより思い出、なんて都合のいいフレーズ誰が思いついたんだろう。現実で口にするにはあんまりだ。
兄さんははっと俺の顔を見つめて、その赤い目にもったいぶって水分を浮かべたあと、おもむろにぼろぼろと零した。
「ごめん、ごめん俺……」
「いいよわかってるから」
鋏を手から取り上げて、部屋の隅へ放り投げる。ほっとしたのも束の間、恍惚とした表情で俺の顔と頭を兄はべたべたと触った。
ここから先は、兄の目にだけ厳かにうつる羽毛が舞う中、ごめんねと愛してるのシャワーを浴びせられながら、メスイキするまで付き合ってやっとエンドロールだ。
まだ先が長いことに絶望して大の字になってしまう。ぽーっとした兄に腹が立って膝を乱暴に小突いた。
「ほら動けよ可愛い俺のために」
至極片付けが面倒くさいストーリーを演じきれば、しばらくの間兄の機嫌が持ち直す。そしてそれは他の家族では担えない、俺だけの役割だった。
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