もーそーわんしーんまとめ⑧0725-1101 - 3/9

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ドン、ドン、と心臓に響く音の合間に時折聞こえる氷を食む音。
人混みを離れ、片側一車線ずつしかない、歩道もない道路のガードレールに腰を掛けて空を見上げると、色とりどりの花が次々と咲く。弟はまったく興味なさそうに、手に持ったブルーの氷を食べていた。手首に下がるオレンジ色と紫色の水風船。垂らされた絵具みたいな線で描かれた縞々模様が懐かしいのかなんて、俺達にはわからない。

ここの花火は都会のそれと違って、音がほぼ遅れない。距離が近いのだろう。
本当に国道なのか疑いたくなるくらい、街灯が少ないおかげでよく見える。近くに煌々と光るような建物もない。黒く覆いかぶさってきそうな、ぶった切られた斜面の山と、目をこらしてもよく見えない地の底を流れる川。時折空気の読めない県外ナンバーが、突然ヘッドライトで照らした俺たちに慌てて、大きくセンターラインをはみ出しながら走り去って行った。

今年の夏は久々に帰省するという人がまわりに多くて、俺と弟は顔を見合わせた。そんな気などないくせに、帰る?なんて聞いてくるから、実家はない、と中二病みたいな答えを返してしまった。
そうして目的地を決めず車を走らせ、まったく馴染みのない、見知らぬ田舎の夏祭りに紛れ込む。おおよそこの土地から出たことがないのかもしれない皺だらけのご婦人たちと、両手をひらひら左右に振り上げる踊りなんかを一緒にやって。錆びた支柱の的屋でお面を買い、射的をわざとはずして笑い、ぬるい水に手をつっこんでカラフルで劣悪なゴム製のボールをたくさん掬って。子どもみたいにはしゃいだふりをして、色とりどりの蛙のたまごみたいなそれを詰めてくれたビニール袋をポケットに突っ込んだ。
普段なら、こんなにでかい兄弟が何食わぬ顔をして混ざれるような土地ではないのだろうが、今日は赤と白の提灯が並ぶ、浮足立った広場だったから誰も気に留めなかった。どの店にもさげられた朱色の明かりはたいして明るくもないから人の顔なんかわからない。
そうやってエセ地元気分だけつまみ食いして、花火があがる知らせにあわせてそこを離れた。

「一口ちょうだい。」
あ、と口を開けると、弟が無言でストローを切り開いた匙に青く粗い氷を乗せて入れてくれた。もう半分くらいただの砂糖水だ。
「で、楽しかった?満足したの?」
責めるでもなくうかがうでもなく、事実だけを確認する平坦な問い。ひゅるるるとまた火薬が尾を引く音がしたから、破裂の爆音に負けないよう声を張った。
「ド派手に楽しかったぜ。」
「そう。」
「ド派手に気持ち悪いけどな!」
とうとう口にすると途端に胃の中におさめた焼きそばがあがってくる気がして、あわててガードレールから顔を川の方へ向けて乗り出した。底なしの暗闇の向こうから水の音だけが聞こえてきて目まいがする。
弟がため息をつきながら、まだ中身の残っているかき氷のカップを口の下に差しだしてくれた。ここで暮らしてる人に迷惑かけたらだめ、とか常識人みたいなことを言うこいつはきっとこうなることを見越していて、昼からずっとかき氷しか食べていない。
何度かえずいてみるものの、いまいち衝撃が足りなくて出てはこなかった。もどかしい気持ち悪さを抱えて、吐き戻すのはあきらめる。横を、わが土地だ慣れたものだと涼しい顔をした小さな蛙がぴょんと川へ向かって跳び下りていった。
「かき氷のシロップって、青も黄色も赤も、色が違うだけで本当は全部同じ味だって、知ってた?」
憎たらしいペンギンの描かれた軽い容器を弟が傾けると、青い液体がどぼどぼと蛙の後を追って落ちていく。地元の人に迷惑かけたらだめなんじゃなかったのかよ。
「そんなの知らねーよ。」
うそだ、こないだテレビでやってたし一緒に見ていた。だからなのだろう、弟は昼からずっとその容器を持っていたが、捨てて新しくするたび違う色のシロップをかけていた。
祭りは楽しかったし花火だって今も綺麗だ。
でも終わって真っ暗な夜がきて、落ち着いた気分で我に返って朝を迎えれば、景色が違うだけで、俺たちが生まれた土地と同じ味なんだろう、ここも。
だからまだ、花火の音が聞こえているうちに。
「行こう、兄さん。」
言うつもりだったことを代わりに言ってくれた弟の手首から一本輪ゴムを取りあげる。オレンジ色の風船が不規則に揺れて、川の水と同じ音を立てた。
「ラブホ行こうぜ。」
連れてきてしまったガラクタはほとんどコンドームと同じ原料だろう。全部捨ててしまえるし気持ちよくなれるし一石二鳥だ。
いいね、と少し機嫌の上向いた声を出した弟が車の鍵を取り出す。道路わきのちょうど1台分開けた誰かの草地に停めていたそれに乗り込んで、シートを倒した。まだ窓の向こうに見える、音の小さくなった花火は名残惜しいけれど。
「綺麗なところ探して。」
水風船を手首にかけたままハンドルを握った弟の要望を叶えるために、ブルーライトで発光する画面を開いた。

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