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細長い鉛色のやすりが器用に爪のカーブを丸く削っていく。少しずつ削れて粉になってふりつもる音を聞きながら、テーブルに頬を乗せてそれを見ていた。誰の目にも美しい弟の手は日々の丁寧な習慣の上に成り立っている。
「なーそれ飽きない?」
「飽きたなら見てなくていいよ。」
5本の指を揃え、削った長さを確認して、弟がネイルオイルを手に取る。
つい2、3日前に流れた、指輪のCMに出てた手は、俺の弟なんだぜ。声を大にしてそう言いふらしたいところだけど、弟はそれを誰にも知らせていないし、なにより顔がうつっていないから、本当かどうかなんて信憑性がない。
女性モノより厚みのある輪が、花の中からこぼれ落ちて指にするりと収まっていく映像を頭の中で再生する。優秀な俺の目は細かいところまでそれを記録していた。
無機質な銀色の穴に薬指が入っていく瞬間を脳内でスローにして反芻する。俺も入れてもらいたい。あの指を。
「よだれ。」
「えっ。」
「垂れてる。」
いつの間にか開きっぱなしになっていた口の端からこぼれたものが天板に真ん丸な水溜まりをつくっていた。
へへへ、と笑いながら顔を上げて口を拭う。
「眠いなら先に寝なよ。」
「待ってる。」
「もう少しかかるよ。」
「んー……したい。」
「準備は?」
「してある。」
それきり何も言わず弟は爪の一本一本にオイルを擦りこんでいった。さっきと反対側の頬をテーブルにまた引っ付けて、横向きでそれを眺める。
甘皮の部分を挟んで押し込むように動く指の関節。染みるオイルの香り。傷ひとつない滑らかな手の甲。中身を出すためにチューブを押す指。あれで前立腺を押してくれたら。
後ろが切なくなって、中に仕込んだ液体が下着に零れた。
10本すべての爪の生え際をつやつやにして、最後に手全体にクリームを塗ってようやく終わりだ。弟が道具を片付け始めたから、立ち上がって先に寝室へ向かった。
熟れて赤くなった入口に向けてふうと息をふきかけられる。入れていた自分の指を引き抜くと口が寂しがってぱくぱくと動いた。
「入れるよ。」
落ち着いた声で言われて、がばと足を抱えて開げる。入口に向けられている切っ先は冷たい金属。本来の用途と違う使い方をする器官を広げ、快感を覚え込ませるためのものだ。
目を合わせてうなずくとヒヤリとした感触が入口をくぐって侵入してくる。すっかりその味を覚えている直腸が、ちゃんと気持ちいいところに当たるよう、壁をうねらせて誘導する。
「んっ……う、んん、あっああっ」
そこにたどり着いてしまえば、スイッチを押された玩具みたいに俺の体はびくびくと跳ねた。
弟は尻の中をほんの少ししか触らない。その指は副業とはいえ商売道具だからだ。わずかな接触を最高潮で迎えるために、とろとろになるまで道具で中をほどく。
孔にびたりと嵌まった取っ手を、弟が揺らす。
「ああっ、だっ……め、すぐいく、からっ」
「ゆるくなるまで我慢できたら指入れてあげる。」
「うんっ、うんっ」
簡単に絶頂に連れて行かれてしまわないように大きく息を吸う。それだけで下腹部が火を噴いたように熱くなった。奥歯を噛み締めて体中を暴れまわる愉悦に耐える。
正直な内壁はいちばん悦くなれるところへ器具を掴んで離さない。その膨らみを何度も押せるようゆるんだり締めたり勝手に始めてしまって止まらなかった。
「ちゃんといいとこに当ててえらいね。」
弟のあの指が、勃ったものの下、恥骨のすぐ上をそろりと撫でる。
「あっあっ、だめ、そこさわんなっ…!」
そこを押さえられると中の器具とで膀胱をはさまれるようになってしまって、とてもじゃないけど耐えられない。気持ちよくなりたいけどなりたくない、あの指をもらえるまで。
そう思っているのに、ささくれひとつない、つるんとした指が、容赦なくそこにめりこんだ。
「うあんっ!」
後孔が制御できない動きで中のものを締め上げる。ぐるぐると渦を巻いて昂ぶった快感があがってきて、とっさに出してしまいそうになった股間のものをぎゅっと握った。いきたい、いきそう、まだ、だめ。
出口を塞がれた勢いが腹の中でぐつぐつと煮える。びくりと痙攣しそうな孔から気をそらすために、噛みしめた歯の間からふうふうと息を吐く。射精しなくとも達してしまえる体を懸命になだめる。まだ、頼むから、止まって。
「もういきそうだね。」
弟が器具を握った手を離して穴の淵をなぞった。短くなだらかに削られた爪のカーブがかりかりと皺を伸ばしてひっかく。
「ひあっ…んんっ!」
左右に頭を振ってやりすごすそうとしてみるが、高みへほとんど昇ってしまっている体は降りてこない。内壁が蠢いてそのうち取っ手ごと全部飲み込んでしまいそうだ。中に準備してあったローションが熱さでゆるんで、口からとろりと垂れた。
「そろそろ抜くよ。」
また取っ手に指をかけた弟がそれをそろりと引く。抜かれていく感覚に追い討ちをかけられる。だらだら流れる汗。食いしばった歯が軋む音。なるべくそっちへと意識をやりたいのに、腹を押す弟の手が押し出すようにぐりぐりと抉ってきてもう我慢の限界だ。
「むりっ…むりって…いくぅ…」
カーブのついた金属はすっかりあたためられて熱い。壁を擦りながらずるりと這う様は鋼鉄の蛇のよう。親指の先に似た形の頭が最後に、入口のきついところを開きながら出ていった。
つられてまた中から液体がこぼれる。がくがくと震える太ももの裏を抱えたまま、懇願した。
「指、いれて…!」
「ほんと好きだよね、俺の指。」
弟が俺の足を肩に抱えて尻を高く引き上げてくれる。首がつまって苦しくなったけど、おかげで局部がよく見えた。
白すぎず黒すぎず、健康的な血色で、ほんの少し血管の浮き上がった生々しい手。ごつごつとしているのに滑らかな長い指が2本、あさましく涎をこぼす穴に、ゆっくりと入っていった。
「ふっ、あ、んんん――……!」
ばつん、と頭の中が弾け飛ぶ。宙に浮いた臀部が激しくひきつった。腰が前後に細かく揺れてしまう。やっともらえた指を包んだ内臓はその体温を感じただけで一気に達した。
「こっちも外していいよ。」
我慢しすぎて忘れてしまっていた、陰茎を塞き止めていた手をほどかれる。
「ここ、触るよ。」
宣言して、弟が膨れた前立腺をぐりと押し込んだ。
「ァあ―――っ」
これをもらうために限界まで溜めていた熱がはぜる。あの美しい指先でそこを押されるたびに白濁が飛び散った。
でも、指でしてくれるのはそれだけ。あっという間に抜き去られてしまう。かわりに宛がわれるのは手とまったくイメージの合わない、太く血管の浮き出たもの。毎朝毎晩手入れされているあの綺麗な手指とつながった、同じ身体の一部とは思えない。
べしゃべしゃにぬかるんだそこへねじ込まれる狂暴な屹立。この差がたまらない。
すらりとした指で暴かれるさっきの感覚を何度も思い出しながら、まったく違う圧迫感に、頭が痺れた。
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