7/23
新幹線に乗ったときからお互い上機嫌だった。平日真っ昼間の空いた車両。ビールを一口飲んではキスを交わし、肴にしていたカシューナッツとピスタチオの味を口の中で交換した。
よく晴れた車窓から見えるはずの富士山には一瞥もくれず、喫煙ルームで煙草の先をくっつけて火を付け、ぴったりと腰を寄せて弟の指に挟まれた銘柄の香りを感じながら自分の煙を吐き出す。
難しいことなんか考えず、最初からこうしていればよかったのかもしれない。顔を近づけて、ひとつの画面でネットニュースのどうでもいいトピックを見て、知り合いから送られていたふざけた写真を見て笑った。
昨日意識が飛ぶまで首を絞められて痰に血がまじるほど咳き込んだのは夢だったのかもしれない。
いや、夢じゃない。アルコールも煙草も喉にしみて痛いし、ナッツはかけらがひっかかってまた咳き込む羽目になった。笑う声もひどく掠れてまったく様にならない。
それでも体に触れてくる弟の手がひどく優しい、それだけでどうでもよかった。
新幹線が目当ての駅に着くのを待つ5分間、出口デッキの奥で待ちながら寄せた体は、ずっとお互いの腰に手をまわしていた。
ここじゃないところでしよう。
もう手に力の入らない俺に自分の首も絞めるよう言ってお互い少し絞めあった後、弟はそう言ってふと俺の首から手を離した。
すぐに交通手段と宿の予約をして、着の身着のまま飛び乗った。どうせ帰りはないのだ荷物はいらない。
東京を出た車内で弟はすぐに会社に電話をかけて退職の意向を伝えていた。俺はそれはまぁいいかと今日休むことだけ連絡する。ホームで買ったビールと弁当、少しの乾きもの。そうやって乗り継いで在来線に揺られる。まさか人生で一度でもこんなのんびりした景色を眺めることになるとは思ってみたこともなくて、目に入る全てが新鮮だった。東京と違って人間が少ない。空に突き刺さるビルはないし、車列は混んでいなければけたたましいクラクションの音もしない。
駅によっては誰も乗ってこなくて車両に2人きり。そんなときはなんの遠慮もなくキスし放題だ。舌を貪るうちにだんだん手がシャツの裾に入って素肌に触れ始める頃、駅に止まって制服姿の学生が乗ってきたりして、何事もなかったかのように手を引っ込めた。
そこへ行くには飛行機に乗った方がいいとインターネットで紹介されていたけど、なるべく時間をかけて行きたくて地上を行った。
ほとんど始発くらいの時間に出発した甲斐あって、夕方前くらいには到着した。
東京から一番遠い街。
地図を思い浮かべて予想していた場所とはまったく違っていて、一番遠い、なんていったいどういう物差しなんだろうと鼻で笑う。
宿に入って汗と埃と砂と、都会のにおいを落とすために露天風呂に浸かる。どうせこの後はセックスするんだろうと、ついでに準備もすませてしまう。普段はなかなか見せない、ローションを仕込むところも弟の目の前でして。弟は不機嫌になることもなく、なんなら手を貸してくれて、それで先に一度吐き出してしまった。
運んでもらった料理と酒を堪能して、当たり前のように同じ布団に向かい合わせで座ってまた肌と肌を合わせる。
赤ん坊みたいに乳首を吸う弟の頭を抱き締めて、座ったまま弟のものを中に迎えた。片方だけ痛々しいほど腫れるまで吸って満足したのか、口を離すと首に手を伸ばしてくる。
もう、どうぞ、といった気持ちで喉仏を差し出した。ぐうと押さえられて気道が塞がる。反射的に吸う動きをするがなにも入ってこない。後孔はぎちぎちに絞まって陰茎の表面近くを流れる血管の位置までわかってしまいそうだった。
頭がふわふわしてきた頃、弟が俺の手を自分の首にかける。
「兄さんもやって。」
でもそれを踏み切ることがなかなかできない。捕まれたままの首を力なく左右に振ると目尻にたまっていた涙が散った。
せっかくやわらかい雰囲気だった弟の顔がみるみるうちに忌々しそうに変わる。
「前の時はやりそびれた。今回はちゃんとやって。」
弟はずっとそう思っていたのだ。最適なタイミングと場所を探して待っていただけ。命が長く続くこととか、おだやかに生をまっとうするとか、そういったことには興味がない。
自分は殺されなかったという事実が弟をこうしてしまった。ここまでお膳立てしたのだからいい加減やれと、鋭い目線がそう言っている。
俺だってそう思っていた。だから明日着る服も持たずに新幹線に乗ったのだ。だけど首に当たった手のひらが感じるのは、どくどくと頸動脈の中を熱く流れる血液。
「でき……な……」
「やるんだよ兄さん。地獄を歩くのを同じタイミングで始めたいんだ。」
ぼろぼろ泣きながら左右の親指を交差して重ね、喉の真ん中を押した。ひゅ、と吸い込もうとした弟の口は開けられたままなにも入らず、目が見開く。自分も絞められているからどのくらい力がこもっているのかわからない。口角から涎がこぼれて流れ落ちていく。目はかすんできた。
どんな顔でもいいからできるだけ網膜に焼き付けておこうと必死で目を開けた。さらに力を加えて絞められると眼球がひっくり返りそうだ。自分の手にも力が入る。すると中に入っているものが一段といきり立って壁を広げた。
その調子、とか言って誉めてもらいたいのに俺が押さえている声帯が震えることはなく、お互い喘ぐことも罵ることもできずに睨みあっているだけ。もうそこでずっと止まってしまえばいい。生きるも死ぬもせず体を繋げたまま空気を奪い合って。
でも本当はもっと単純にできている。酸素が足りなくて意識が遠退いてくるとしびれた指がゆるむ。ちょうど同じタイミングで弟の指もゆるんだ。
2人そろって急激に出入りする空気に咳き込み、嘔吐き、でも離れてしまわないように弟の体をきつく抱き締める。
「な、いちばん奥、入っていいぜ。」
整いきらない息はあきらめて、ひゅうひゅうと喉を鳴らしながらそう伝え、弟の股ぐらに尻を押し付け前後左右に揺らした。
「明日立てなくなったらどうするの。」
目尻の涙をぬぐうこともせず弟が腰をつかんで奥の内蔵に入るための口を探し始める。
明日立てなくなったらもう一泊すればいい。そうしてまた首に手をかけるんだろう。結果としてそれが、生きていることの確認になっていることを弟はわかっているのだろうか。
入り口を探し当てた弟が、いくよ、と言ったから下半身の力を抜く。俺も明日勤め先に退職を告げることにして、気が済むまで付き合おう。たとえ何回か試すなかで本当に息の根が止まったとしても。
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