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震える手ですがるようにボロいドアノブをまわす。色々限界だった。体重をかけておしのけるように開けた扉の向こう、真正面のテレビに写し出されていたのは、つい1時間ほど前の自分。自信と嫌味に満ちたきつい笑い方であっかんべーをする姿が目に入ると胃の中身がせりあがってきた。
慌てて口を押さえる。いつの間にか側へ寄っていた気配がすっと洗面器を出してくれる。
「真っ青。」
優しく背中をさすられるとだめで、一気にプラスチックの丸い底に向かってびたびたと吐しゃ物をぶつけてしまった。
その水音の向こうで、まだ続くフラッシュライトの音と記者の怒号。画面越しに聞くそんなもの、なんの迫力もないが、今は自分の防御力が低すぎる。
「け、して、それ……」
「悪いけど仕事のうちだから。見たくないならこっち。」
隣の部屋へ続く扉を指され、よろよろと立ち上がって従った。ソファに座るよう言われて待っていると、濡らしたタオルを顔に乗せられる。
「なんでそんなあれこれしてくれるの。」
「仕事だからだよ。」
当たり前といった風に少し噴き出して笑った顔は、いつかじいさんちで見た曽祖父の顔に似ていた。髪の色が違うだけ。興信所の宇髄、なんて名乗っただけで下の名前も教えてもらえない、この素性のわからない男になぜか親しみやすさを感じているのは顔のせいだと思う。
俺をその部屋に置いたまま、テレビのもとへと戻ろうとするその裾を思わず握って引き留めた。
「もうちょっと、ここにいてほしい。」
「じゃあ聞くんだけど。あれ、原本はもってるの?」
あれ、とはまさに俺があんな会見をする羽目になった原因の動画。話題にしただけでもまた胃の中身がぐるぐると渦を巻く。
一刻も早く削除してしまいたいがこの人に渡してからにするようコーチに言われている。小さなことでもなんでも、ストーカーの事を調べるためで、そしてそれがこの人の仕事だった。
震える手でスマホを取り出し、「宇髄天満大失敗動画」という悪趣味なタイトルのつけられた該当のものを再生して機械ごと渡した。音声を聞きたくなくて耳を塞ぐ。宇髄は受け取って何秒か見て、気を遣ってくれたのかすぐに停止してスマホを横に置いた。耳に当てていた俺の手を取る。
「記者会見も手が震えてた。」
ああもう、どうしてばれてしまうんだろう。本業の体操とは全然違うところで俺を罵ったり嘲笑したりする人間の多いことを馬鹿馬鹿しく感じていた一方で、恐怖感も膨れあがるばかりだったが、誰にも見せていない。ずっと隠している。そうしてますます勝手に騒いでもらうためにいつものキャラクターを演じるのだ。それなのに。
隠せない、と思ってしまったらガタガタとはっきり目に見てわかるほどに手が震えた。
「うう……止まらな……」
ついでに涙もできてしまって情けない。
宇髄が俺の体を包むように腕を運んで、ぐるりと視界がまわってあっという間に転がされている。俺これでも全日本の選手なんだけど。
「どうしてほしいの。」
震えのおさまらない手に口をつけながら宇髄の目がこちらを刺す。この場合正しくちゃんと答えないとこのまま放り出されてこいつは仕事に戻ってしまう。喉の奥におりてきた鼻水を飲みこんだ。
「これ、止めて。忘れたい……。」
明日も何食わぬ顔をして練習に参加するためだ。細く、しかしはっきりと呟いた言葉はちゃんと届いたようで、合格、と笑った形になった唇が顔に向かって落ちて来た。
熱い塊で内臓を焼かれながら泡立つ音を聞く。同性同士でこんなことができるなんて知らなかった体はすっかりもう慣れて、最近は気持ちよさを拾うのが前より上手になったと思う。あの動画を撮られた日はくだらない余興に付き合わされてひたすら食べさせられ続けたものが上からも下からも出た。さすがに下から出したところは撮られていないが、撮影者とまわりの会話からそうであったことはわかってしまう。食べたものを次から次へとドロドロにして吐き出すところは完全に収められており、これが先日のメダルを取った大会の裏で拡散されてメダルの話題性なんか吹き飛んでしまった。
思い出したらまた鳩尾に物がつっかえたような違和感。
「こっちに集中して。」
宇髄の長い髪が肩にかかる。腹の中を擦られながら乳首を齧られて甘い痛みが広がり、自分のものとは思えないような声がたくさん零れた。
「あっ…うあっ‥‥…ふ」
今のところこれが一番上書きにはよかった。この人は宇髄天満の外側を遠慮なくばらばらと崩して、骨組みだけになったところで、必要ならあとは自分で戻せと粘土をいつも放り投げてくる。でもそのくらいでいい。
触られる指づかいを、絡められる舌を、そして汚い音を立てながら体の中を暴くその質量を、逃さず感じられるように、腰に足をまわしてしがみついた。
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