7/15―7/11医学生弟の兄弟が数年後こうだったら。かつらさんの眼鏡スクラブイメージで書きました―
家ではかけない太い黒縁の眼鏡の向こうから、病院特有の、転がり落ちそうな幅しかない可動式ベッドに座らされた俺に注がれる冷たい目線。付き添って来てくれた悲鳴嶼先生が困惑していたから、弟です、と小さく紹介した。
油断していたと言われてしまえばそれまで。午後から授業のなかった俺は届いたばかりの画材を両手いっぱいに抱え、校舎最上階の美術室へと階段を上っていたところだった。腹がいっぱいになったことで襲ってくる眠気に引っ張られながら、今描いている途中の絵のことをぼんやりと考えていた。自分ではそこまで意識を遠くにやっていたつもりはなかったのだが、昨日、当直明け日勤をこなして気が昂っていた弟に遅くまで好きなようにされたおかげで思っていたより体が重かった。
いつもなら遠くから走ってくる音をよく拾う耳も、あまり機能していなかった。
ちょうど踊り場へ足をかけたのと、角からカッターシャツを全開にした1年生が飛び出してきたのが同時だった。そこからはコマ割りのような画像がなんとなく記憶されているだけ。生徒の方も後ろばかり気にしていたようでとっさに避けようと体をひねってくれたものの間に合わず、両手がふさがっている状態でできることなどほとんどなくて、そのまま受け止めるような形で後ろ向きに落下した。
弟は今日、確か休みと聞いていたはずで、昨日も昨日だったし家で寝ているかなんて思っていたのだけど、弟は出勤していたうえ、たまたま救急の近くにいたらしい。最初に診察してくれた若い医者が珍しい名字ですねなんて話題を振ってきたおかげで関係性が明らかになってしまい、わざわざ呼んでくれて、こういうことになっている。
「俺、小児科だから、成人の外傷は専門外なんだけど、骨折だって。」
知っている。さっきCTを撮ったあと担当医から伝えられた。
ずれた眼鏡の真ん中を押して正しい位置に戻し、パソコンで画像を確認して、弟が腫れた俺の足首を見る。
「整形外科の先生が言うには、幸いずれてないから保存的加療でいいって。」
「ほぞんてき…?」
足首の骨折は大事な靭帯が伸びたり切れたりすることも多く、骨のずれがあったりすると手術になるんだそうだ。落ち方がよかったのか単なるラッキーなのか、折れてはいるもののどこもずれていないので、しばらくギプスで固定するだけで済むらしい。
「足首まで筋肉で覆われてたんじゃない。」
不機嫌そうに言った弟は眼鏡をずらして、ふあ、と欠伸をひとつこぼした。
その黒いフレームが気になって目で追ってしまうと怪訝な顔をされた。
「眼鏡……かけてたっけ。」
「勤務中だけ。当直続きだとコンタクト入りづらくて。」
そんなことより、と順番がまわってきたらしく名前を呼んでくれる看護師の方を見て弟がまわりのスタッフを促す。早く処置してもらって、とまたずれた眼鏡を直す弟に見送られて処置スペースへ入った。
「で?眼鏡そんなに気に入ったの。」
至近距離でその顔を向けられると心臓が跳ねる。帰宅後、風呂に入ろうとしてやり方がわからなくて困っていたところ、本来休みだったのに呼び出されて業務をこなした弟がそのまま眼鏡をかけて戻って来た。
一目見てぎこちなくなった俺の様子を面白そうに笑って、弟は風呂を手伝ってあげると言った。
本来ならギプスが濡れないようにするカバーがあるらしいのだが、今日のところはとりあえずビニール袋を巻いてくれて。湯船の中に座るよう言われて折れた方の足だけ浴槽の淵に引っ掛けられ、起き上がれないのをいいことにさっきから泡を付けられた胸をずっといいようにされている。弟はずっと眼鏡をかけたまま、いつもよりよく見えると楽しそうだ。
「べ、つにそんなんじゃな…」
「そう。でもいつもよりここで感じすぎじゃない?」
「そこばっかやめ…っ」
またぬるりと押しつぶされながら尖りを擦られてびりびりと腰に痺れが伝わる。
「ほらすごく膨れてる。」
眼鏡に泡がつくのもかまわず、フレームを押してまた位置を直している。その指で、赤く腫れたところをつまんでくる。
「うんんっ」
狭い湯船に押し込まれたこちらは足を取られているせいもあってほとんど身動きが取れない。熟れた胸も、そこからの刺激でたちあがったものも、全部見られたまま。黒フレームのせいでいつもより鋭く尖ったように感じられる目線がずっとこちらを向いていると思うと全身の肌がざわついた。
当直続きで疲れているはずなのに。激務が続くと時々体力のコントロールにバグが生じるのか、眠そうなはずなのにいつもより興が乗った感じでしつこくこういうことをすることがあるのだ。
こちらはたまったものじゃない。
「よく見えるから、隅々まできれいにできるね。」
シャワーノズルを握った弟がまたずれた眼鏡を直して、散々触ってぷっくりと育てた熱い尖りに向かってシャワーをひねった。
立ち上る湯気で一瞬曇ったレンズがあっという間にすっとまた透明になると、せっかく隠れたと思った弟の目線がガラス越しに戻ってきてまたどきりとする。
よくこんな医者に診察してもらえるな、とこいつの患者のことを考えると目まいがした。
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