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いい加減こういうのやめたいんだよね。
手首を拘束するための輪っかを鬱陶しそうにつまんだ弟が言った。付属の鎖ががちゃりと垂れている。足の方はもう準備万端で、両の足首に自らきつめに巻いたものはベッドの足とつながっていた。
「え、どういう……?」
ここに向けて大いに盛り上がっていた気分を叩き落とされ、意図がまったくわからなくてどぎまぎする。
「普通のセックスがしたいんだけど。」
縛ったり殴ったりしないやつ。普通の。
普通……ってなんだ。俺たちのセックスは普通じゃないのか。昨日最中に殴られてまだ腫れている頬を触る。熱くて痛い。
「どう……したら……いい。」
「まずそれを外して。」
嫌な緊張感の中で足首を指されて、拘束具のベルトをゆるめて取った。ベッドの横にまとめて落とす。
「じゃ次はキス。していい?」
いいかどうかなんて聞かれたことがなくて心臓が縮みあがった。もしかして取り返しのつかないような何か、やってしまったんだろうか。
返事が咄嗟に出てこないでいると、表情のぶれない弟の顔がずっとこちらを見つめていた。少しでも怒りの欠片を感じ取れたら頭をこすり付けて謝ろうと注意深く観察してみたけど、何もわからない。
「い、いい……。」
こんな簡単な肯定の言葉を口にするだけで冷や汗がでる。このベッドに乗る前のちょっとしたウキウキはもう吹き飛んでしまった。
ゆっくりと近づく弟の顔。口が引っ付く直前で目を閉じたのが見えて慌てて俺もつむる。やわらかく触れるもの。ふく、ふく、と軽く食まれる。そこだけふわふわなのに体ががちがちで、この後やってくるかもしれない痛みを期待してざわついている。
でも、それはこない。
いつもなら血がにじむほど噛まれるそこはそのまま弱い力で吸われ、何度もちゅ、ちゅ、とついばまれた。感じたことのない不気味な震えが背中を駆ける。怖い。
我慢ならなくなって薄く口を開けると、口角をゆるく舐められる。そこじゃない。乱暴にされることに慣れすぎていて、どう応えたらいいかわからずにいると、弟が舌を引っ込めてしまった。
「な、い、いつものでいいから……。」
もっと唾液をわけてほしくて腕をつかむ。これが普通のキスなのか。こんな、痛みも痺れもないものが。お願いだから歯を立てて零れた血液を啜ってほしい。
請うように見たけど、やっぱり弟の顔は無だった。
抱き合うように倒れこんでからは、むずがゆい刺激しか与えてもらえなくて死にそうだった。千切れるかと思うくらい噛んだりつねったりされる乳首は、赤ちゃんがするみたいに吸われるだけ。胸筋ごと大きな手の平で包まれてゆっくり揉まれる。
「いつもみたいにしろよ…。」
何を信じていいのかわからなくなって泣きながら言ってみたけど全然だめだ。普通の触れ合いってこんなに悲しい気持ちになるのか。ちぎって破ってぐちゃぐちゃにしてほしいなんて思う俺が変なのか。
気持ちいいのに圧倒的に足りなくて、でもずっと表情のない弟からはこれ以上のものが与えられる気がしない。
自分でどうにかしなくては、と弟の熱く硬いものを触る。
「これ舐めていい?」
「だめ。」
「なんで…。」
普通のセックスってちんこ舐めないのかな。さすがにそれはないだろうと思って起き上がろうとしたが押し返された。
「だめって言った。」
じゃあどうすればいいのか。足りない足りないと駄々をこねて暴れ出しそうなこの体を。絶望に近い気分になって涙が浮かぶ。
痛みのない、くすぐったいような前戯をひたすら施されてぼろぼろ泣き出す頃には、もう消えてしまいたいくらいだった。
丁寧に解された後ろはたしかに、なんでも受け入れられそうなくらい蕩けていて、でもちがう、もっと、その向こうの。
体の中に入られて、優しく奥まで潜り込まれる。足りない。そうじゃない。もっと俺をつぶして。
「や、っだ、も、なんでだよ…。」
「だって兄さんおかしいでしょ。普通はしながら殴ったりしないの。俺の手も痛いんだよ。」
「おか、し、くてっ…い、から…。」
「うん。」
「たりな…っ、むり…しめてっ…!」
喉仏を弟に向かってさらす。命をあきらめた草食動物みたいに。丸く撫でられながら抱かれても全然満たされない。もしかしたら死ぬかもしれないくらいの、命の線が切れるか切れないかがはっきりわかるようにしてほしい。
「ほんと、おかしいよ兄さん。」
する、と首に指がかかる。絞めてもらえると期待して頸動脈に血が集まった。息が詰まるのに備えて首から下を弛緩させ、きたる衝撃を待つ。吐ききっても吸いきっても絞められるとき苦しいから、息は真ん中くらいで。
でもそれはこなかった。
代わりに何度か突かれて、一番奥まで沈めた弟がしばらく止まったかと思うと肚の中にあたたかいものがどろりと流れた。
「え…?」
置いてきぼりにされた熱の中で身動きが取れない。弟はひとつ息をついて自分のものを抜くと、腫れたままの俺の頬を撫でた。
「普通のセックスしようって言ったでしょ。」
言葉を失って息もできない俺の顔を長いこと眺めて、やっと今日初めて笑った弟はもう何も言わず、ベッドを後にした。
熱を持った頬の上を新しい涙が落ちていく。あの痛みでようやく自分が生かされているのだということを、知らされてしまった。こんなぬるい行為では自分の体に血が流れていることをまったく感じられない。
弟の背中に力なく手を伸ばす。でもそれはもう届かなくて、落ちた手がさっき投げ落とした足枷に触った。
頼むから、息を吹き込んで。俺を殺さないで。
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