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薄暗い蛍光灯が照らす分厚いガラス扉の前、夜でも光って目立つ白い頭は、若い警察官に付き添われて立っていた。横に立つ大人よりもすでに頭一つ分抜け出ているが、顔にはまだ幼さが残っていてバランスが悪い。
多少ケガはしているようだが、2本の足で立つ無事な姿にひとまずほっとする。
「せんせー。」
わざとらしい言い方にむっとして顔をしかめると、へへと年相応の顔で笑った。
学校に電話がかかったのは21時すぎ。自宅にかけても誰も出ず、保護者の携帯電話につながりはしたものの引き取りには来ないそうで……と言われて迎えに行った。他校の生徒と揉めていたらしい。
たまたま電話を取ったのが自分でよかった。今年度は違うクラスの受け持ちなので、本来ならばここにいるのは自分ではない。
付き添いの警官に頭を下げ、連れだって学校の方へ向かって歩く。
「今年度は担任じゃないから。あんまり無茶なことはしないように言ったはずだけど。」
横目で睨んで一言、兄さん、と付け足す。
この生徒とはいつかの人生で兄弟だった。
今はこんなくそ生意気な中学生が、かつて兄だったとはちょっと信じがたい気もするが、驚くほど口に馴染む「兄さん」が何よりも、それが間違いでないことを物語っている。
「悪かったよ。別に俺がふっかけたわけじゃねぇし。仕方なくだよ。」
そんなことは言い訳されなくともわかっている。ただでさえその髪と目と背格好は誰の記憶にも残りやすく、格好の的だ。
それを、自分の身を拳で守ること以外に術のない本人に向かって責め立てたところで、どうにもならない。それでも、こういうことが増えるほどに家にも学校にも居場所がなくなっていくことは容易に想像ができる。特に受験を控えた今、いいことなどひとつもない。
この人は、立つ場所がなくなったらきっと居なくなってしまう。
学校に着いて、職員室に電気がついていないことを確認してから、自宅へ送り届けるために車に乗せる。
運転席に座って、シートベルトを留め具に伸ばしたら手を重ねられた。
「お前んち行ったらだめ?」
「だめに決まってるでしょ。」
大きくため息をついた。こっちだって、連れて帰りたいのはやまやまだ。
どうせあの外側ばかり大きな家に帰ったって、兄さんは独りだ。明日の朝また登校するまで。
持っている記憶があるとはいえ、体も頭もまだ10代のそれだ。見るからにふらふらと揺れているこの状態で放っておきたくはない。
でも。
「明日学校で。」
「ん。」
前を向いたままうなずきもせず声を出したその顔の、眉尻が不自然に下がったのが見えた。
手を伸ばしたいのをぐっと我慢してエンジンをかける。ハンドルに手をかけようとしたら横から急に白い頭が近づいてきた。ふいにそちらを向いてしまって、唇に嚙みつかれる。一瞬見えた、眉間にしわを寄せた表情があまりに一生懸命で、拒むことができなかった。
大人のようにべろでこちらの口をこじ開けてくる。昔の癖か、絡ませてしまったら力強く吸われて、負けずに啜ると声変わりする前の高い声が鼻から抜けた。
我に返って、肩をつかんで離す。
「あんまり無茶するなって、言ったよね。」
「ごめん」
言葉とは反対に声は嬉しそうだった。
呆れてシートに沈む。職業のせいか、だいぶ常識的になってしまった自分にもうんざりした。
さっきまでと打って変わって機嫌のよくなった様子に、色んな事が馬鹿馬鹿しくなってくる。
でも忍でもない今はさらっていくわけにもいかず、誘拐事件にされないよう、黙って車を出した。
一気読みしました!胸焼けなんてとんでもない、一気読みならではの多幸感半端ないです!やっぱ18→23の流れが好きだな…最後25が右オトートで完璧なフィニッシュでした!1番最初から通して御本で読めるの、楽しみにしています!
わーー一気読みありがとうございます!!
私も18→23のやつ結構気に入ってます。ちょっと続き書きたい…!
まさかの右でのフィニッシュになるとは自分でも予想外でしたが、そう言っていただけると嬉しいです(*^^*)