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兄さん早く、と手招きされ、不服そうな顔を隠せない。いつものことだ。几帳の向こうでは女の唸る声が耐えず続いている。あれは狐だ。燈台の光が作り出す影についている尖った耳は、陰陽の力を使う者でなくとも見えるほど、くっきりとしていた。
どこで憑かれたのか知らないが、たかがこれを祓うためだけにやらねばならないとは。
「兄さん。」
弟の声が咎めるような言い方に変わっている。わかっている。わかってはいるが、人払いをしているとはいえこれを外でやるのは落ち着かない。
促されて膝をつく。顔を上に向けると、両手で頬を固定されて口をつけられた。何の躊躇いもなく舌が入ってくる。
俺には普通では考えられないほどの力があるらしい。髪や目の色が異端だった俺は産まれた時から忌み嫌われた。たまたま祈祷にきた陰陽師が、この子には力があると言って拾ってくれたのだそうだ。師となって色々なことを教えてくれたその人は、俺が同業者や鬼などから狙われることを危惧して、制御するために弟の体を使った。
俺は一定以上の力を長く続けて持つことができなくなっており、常に弟の体に余分を注いで溜め込んでいる。力を多く使って自分が弱まった時、弟から戻すのだ。
弟が口内を舐めまわしながら唾液を流し込んでくる。
「もっと口開けて。」
一度口を離した弟が言う。癪だが仕方ない。今日は朝から占いばかり4件やっつけて、空っぽに近かったのだ。少し休めば回復もするが、次の仕事も入っていたため弟から戻す方が早い。
少しずつ注ぎ込まれたものが全身にまわり始めるのを感じながら言われたようにする。
「もう少し入れるよ。」
そんなことは確認しなくていいと思いながら、先程より深く入ってきた舌を吸う。戻される時の弟の唾液は甘い。上顎を面の広いざらざらしたところで舐められ、舌の裏側を根元から先の方へ向かってたどられる。触られたところからだんだん熱くなって体が高揚してくる。頭の芯がぴんと立って冴え渡るが、反対に唇は甘く痺れて感覚がぼやけた。
ちゅる、と糸を引いて口を離した弟は、なお俺の顔を挟んだまま、目元に口を寄せる。反射的につむろうとしたが舌で瞼をこじ開けられた。
「っ…」
白目をぺろりと舐められる。びくびくと顔が震えるが離してもらえない。
「も、いいっ…足りるからっ…」
眼球を舐められるのは正直怖いのだが弟はこれが好きらしい。
いい加減やめるよう体を押すと、蛇みたいに口の端をちろりと舐めながら離れた弟は、笑っていた。
本来なら力を溜めて持ち続けるなんてことは、普通の人間にはできないらしいから、こいつも特異体質なんだろう。時々ちょっと恐ろしい。
血のめぐりに乗って気が指先まで満ちるのを感じると、気持ちを切り替えた。
「お仕事すっか。」
斜めになった冠を整え、几帳の向こうへ準備ができたことを伝える。一段と高く鳴く狐の声。
一歩踏み出す俺の背中を、弟の熱い手がそっと押した。
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