もーそーわんしーんまとめ③6/6-6/15 - 1/10

6/6
ついていくだけで精一杯だった。
いつも俺たち兄弟の前で、厳しい父の前で、余計な事ばかりを垂れ流す里の年寄りの前で、へらと笑ってかわすような仕草ばかりの兄は。
兄弟で共に修行するときにはある程度抑えられているのだとは思っていたが。
基本の走ることからして速度が全然違った。自分もだいぶ一人前になったと思っていたが認識を改めた方がよさそうだ。文字通り、ついていくのが精一杯。
細縄をひっかけて頭上はるか高い鉄柵を軽々と飛び越えた兄は俺に「柵の外で待機。」と声に出さず指示して、目的の建物に入っていった。
ひとりの命を奪う。それだけの任務だが場所の広さと警備の多さから、はじめは応援かと思ったが、俺の任務は「兄がしくじった、もしくは死んだときの伝達役」というもの。
「人数が多かろうが、見つからなければそんなことは何の問題にもならない。」
兄はそう言って、よく見せる貼り付けた顔でなく、心底楽しみにしているような顔で笑った。仕事なのにわくわくしているようだった。
ほどなくして、夜の帳にまぎれてかすかな血の気配。
音を立てずにこちら側へ戻った兄とその場を去った。
途中追っ手の存在を確認するため里と離れたところで休息を取る。
「今日は追ってこないな。人数は多かったけど玄人みたいなのはいなかった。」
少し物足りなそうに、まわりをうかがいながら兄がこぼす。
その頬に赤いものがべとりとついているのが見えて手を伸ばした。
「兄さん血が…」
指で拭って、なんとなく自分の口元に持っていったら、がしと手首をつかまれる。
「俺の血じゃねぇよ。」
安心させるように綺麗な顔で笑って、つかんだ手を兄が自分の服でごしごしと拭いた。
帰ろう、と白み始めた空を見ながら大きくのびをして、そこから里まではたぶん、俺の速さに合わせてくれたようだった。
帰ってしまえばまたあの薄ら笑いを顔に引っ付けるのだろう。今夜見た、あれが本来の兄の笑い方だ。あの顔でいつも笑えばいいのに。
いずれ家を継ぐ背中を眺めながら思う。隣を走れるようになればいつでもあれが見れるのだろうか。

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