「兄さん」
穏やかな声で呼ばれて、斜めになりかけていたマグカップの角度を正すと、黒いコーヒーの水面がとぷんと揺れた。
覚めきらない頭で呼ばれた方を向く。
ひんやりと冷たくて黄色い固まりが口に押し当てられ、力の入っていなかった唇がこじ開けられた。
甘い汁をたっぷり含んで丸みをおびた四角。指でぐ、と押し込まれて、思いの外大きい固まりの角がつぶれ、口の端から汁が垂れる。自分の手が動くより早く、同じ甘味をまとった弟の指が口角を触った。拭っているのかなすっているのか。
濡れた指はそのまま、弟の口の中に消えていった。
「ビタミン、取った方がいいよ。」
簡単には噛めない大きさのパイナップルが口を閉じさせてくれなくて、残っていた苦い香りと、わいてくる甘酸っぱい唾液がまざってまた溢れそうになるのを、満足そうに弟が眺めていた。
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