はんぶん、まとも - 1/3

人もまばらな夜の電車。お腹がいっぱいになってすっかり力の抜けた体を抱え直す。抱っこするにはずい分重くなった。こういう時は体格に恵まれてよかったと思う。肩に引っかけたランドセルがずしりと弟の日常生活の重みを伝えてくる。
あと一年。我慢すればよかったのかもしれない。そうすれば俺は就職だし、堂々とこいつを連れて出て行けた。こんな学生の身分で保証人もいないんじゃ家も借りられないし、バイトで貯めた手持ちの資金もすぐに尽きる。
揺れる電車のドアに背中を預けた俺のことなぞお構いなしに、弟は安心しきった顔で眠っていた。自分はというと腫れた頬の痛みがだんだん強く感じられて忌々しい。
ひとまず今夜泊めてくれる女友だちには感謝しかない。日ごろから色んな子にちゃんと優しくしておいてよかった。
あの子は何日ぐらい泊めてくれるだろうか。小学生連れでも家に入れてくれそうな子の顔を何人か思い浮かべる。
あのくそ暴力親父を半殺しにして飛び出した以上は、残りの一年を、弟にまともな生活をさせながら、なんとかやっていくしかなかった。
まともが一体なんなのか見当もつかないけど、学校だけは通わせなくては。
明日の予定を考える。小学校の最寄り駅まで電車で15分、駅から徒歩で20分。家を出るまでに朝ごはんを食べさせて、今日できなかった宿題をやらせて…。自分の課題はいつまでの提出だったか。
合間で飲食店のバイトに行って、いやその時間に弟の学校が終わってしまう。迎えに行って、バックヤードで待たせてもらえるか店長に聞いてみよう。最大の問題は、足りない生活費を補うための仕事のことだ。自分があの脂っこい魑魅魍魎の相手をしている間、弟をどうするか。
考えることが多すぎて途方に暮れる。ガタン、と大きな揺れに足元がふらついてしまって、肩に乗っていた頭がごそごそと動いた。
「兄…さん…?」
「もうすぐ着くから。まだ寝てていい。」
抱え直してやるとまたふっと目が閉じた。目の前で親父とやり合ってしまったし、相当疲れていると思う。
ごめん、と声に出さずに背中を撫でた。乗り越えたい一年は、短いようでいて、案外長い。

2件のコメント

ジャクソン

通して読むとまたヒュワワワ
1番最初のわんしーんのお兄が背負った重さだとか、弟の生活を維持する為の思考だとかが改めて突き刺さります 涙 タイトルも大好き!

返信
うよ

ありがとうございますーっ!!
タイトルなかっなか決まらなくて…結構悩んだので嬉しいです!!
今度幸せなえちだけのその後編とか書いてみたいです(^-^)

返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です