ベストショット

現場に身内がいる仕事は、どことなく落ち着かない。
ファインダーをのぞく。フレームの中にステージ全体が入るようにしてシャッターをきる。何枚か収めてから、パフォーマーひとりずつにズームする。
客席の保護者をまっすぐ見つめるボーカル、手元を見てばかりのぎこちないギター、スティックを飛ばしてしまいそうなドラマー。そして、その長い指を自在に鍵盤に走らせる兄。フレーム下部の絞りや明るさを示す数字に目をやりながら、中心で捉えたその姿から目が離せなくなる。左手でレンズの重心を支えながら少しまわすと機械音とともにピントが合う。よく晴れた入学式にあわせて選曲されているのは古い歌だが、かつて学生だった自分たちの節目にも何度か聞いたことがあるもので、それをBGMにして撮る兄は特別に綺麗だった。歌詞に乗せられて心が上ずっているのはわかっているが、普段は見ないフリをしている感情がシャッターを押す指に乗ってしまう。

この仕事をしていると、ファインダー越しの目標に焦がれているような気持ちを抱いてしまう瞬間があって、そういう日はとてもいい写真が撮れた。自分のコンディションとか、光の当たり具合とか、被写体が誰か、とか特定の条件下で起こるのではない。意識的にできるようになればもっと頻回にいい作品が撮れるのだが、たまたまおとずれるものでコントロールできない、というのがプロとしてまだまだ未熟なところだと思う。
今日は兄の勤める学校の入学式が現場で、被写体の中に兄が含まれることを考えるとそんな予感はしていたが、まんまとはまった。写真屋としてはいいものが撮れるということは喜ばしいが、今回に限っては撮れたものが自分の身内だし、それにこれをやると、勘違いした脳がおかしな信号を出してしまうのか、ずくずくと腹の底に熱がうまれて溜まってしまうのが厄介だった。

仕事としては、入場の様子も校長の祝辞も在校生代表の挨拶も撮りきったし、教師陣の紹介も兼ねたステージパフォーマンスも終わった。あとは退場の様子と、各クラスでの初々しい新入生の姿を収めるのみ。体温が上がり始めたことを苦々しく思いながら、小さく息を吐いてカメラを構え直した。

うちの入学式は、教師陣によるド派手なステージパフォーマンスが名物だ。
新入生とその保護者の緊張を少しでも和らげ、より早く気軽に楽しく学校生活になじんでもらおうという理事長のはからいで例年にぎやかに行われている。
今年度、俺はバンド演奏のピアノを担当した。本来なら美術教員の俺より音楽教員の方が当然上手いから、昨年度は同じようなメンバーでボーカルをやったのだが、保護者の中にそれで気が迷ってストーカーまがいになってしまった人がいて、なかなかの騒動に発展した。それで今回は目立ちすぎないようにと楽器に配置された。
昔から耳がいいので、たいていの楽器は少し教えてもらえれば形になるのだが、いつもより少しがんばって練習してしまったのは、弟が来るからだった。いつも頼んでいる写真屋が今年はぎっくり腰だかで、替わりに派遣されることになったらしい。横のつながりが強い業界だそうで、そういう時にカバーしあうのはよくあることなんだそうだ。本人は身内と仕事するのは好きじゃないと乗り気でなかったが、俺はちょっと楽しみにしていた。弟にちゃんと撮ってもらうのは初めてだったから。

式典だからなのか、いつもそうなのかわからないが、スーツ姿でドデカい一眼レフをぶら下げた弟は仕事人って感じでかっこよかった。まぎれもなくプロだ。
あの鋭い目線がレンズ越しに向けられるのかと思うと柄にもなく緊張した。
どうせ撮ってもらえるならかっこよく写ろうと思って、リハーサルの時よりだいぶかっこつけて弾いた。講堂の保護者席横で脚立に上がった弟にちらりと目をやると、やはり望遠レンズで心臓を射抜かれたような気がした。
無駄にすました顔で演奏を終えて、拍手喝采の中もう一度その姿を見た時は少し様子が違っていた。カメラを少しずらしたその顔は、いつもより赤みがかっているように見えて、珍しいなと思いながら舞台を下りた。

弟は数ヶ月に1度、何かにあてられたような、おかしな雰囲気で仕事から帰ることがある。またたびを嗅いだ猫というか、呑んでもないのに熱っぽく上気した顔でフラついている。
聞いたところによると、そういう日はいい写真が撮れたとのことだから、高揚してるとかで別に悪いことではないんだろう。
そう頻繁にあるわけではないそれは、実は俺にとってはちょっと楽しい。ボコボコにされそうだから絶対に言わないけど。
いつもすげない弟が体の熱を持て余して、差し伸べた俺の手を掴むから。目だけは心底嫌そうに、でも発散したくてたまらない体が素直に俺をすがってくれて、好きなようにさせてくれる。
たぶん、今日はその日なんだと入学式の後片付けをしながら気が付いて、すごく悪い顔になってしまったら、同僚にまた美術室を爆破するのではないかと心配された。

片付けが終わったら担任を持っていない俺はすることがなくなったので、早々に家に帰った。弟がそうなる日は、すべてが終わって落ち着いた後の機嫌が人を殺しそうなほど悪いので、夕飯を作って冷蔵庫に入れて、風呂を磨き上げて、トイレも掃除して玄関も掃いておく。我ながら見事な献身ぶりだと思う。
悲惨な育ちのせいで2人で体をすり寄せ合って生きてきて、それだけでお互い足りなくなって全部繋げるようになったころは、まだ俺がしていた。いつの間にか力関係が逆転してしまって、滅多に抱かせてくれなくなったけど、それはそれで嫌なわけじゃない。ただ、弟にされるのがとても好きでも、それとこれとは別なのだ。

がつ、と鍵を差し込む音がいつもと違うからすぐにそうだと確信した。最後の力を振り絞った、みたいな開け方で扉に喧嘩を売りながら入ってきて、ごついカメラバッグを下ろした姿勢のまま膝をついた弟をにこやかに見下ろす。
「おかえり。」
「…今日早かったの…。」
忌々しそうな目で見上げられて、それだけで背筋が粟立った。
「式が終わったら今日はすることねーから。どうだった、うちの学校。いいとこだろ。」
気づいてないふりをして何気ない会話を振る。弟はあわよくばそのままごまかす気なのだろう、疲れから出たかのようなため息を吐いて、重い荷物を再度持ち上げゆっくりと立ち上がった。
「変な学校だね。入学式で教員が小芝居したりバンドやったりなんて初めて見た。」
思ったよりまだまともにしゃべれるようだ。そのまま部屋へ入ってこようとするから通せんぼするみたいに前に立つ。
「いい写真撮れた?」
俺ピアノ上手かったでしょ、とにこにこすると、そのまま弟は動かなくなってしまった。やはり顔が赤い。こういう時不思議なことに、威圧的な弟とそれに喜んで屈する俺、はどこかへいってしまう。弟の雰囲気に引きずられるのか、俺の中の、いつもは息をひそめている組み敷きたいという欲がぶくぶくと膨れてきて、かぶりついてしまいたくなる。
いきなり飛びかかったりしたら明日が怖いから、慎重に、本人には触らず、落とすと大変な仕事道具をまず下ろさせてやると、重みから解放された体が壁にもたれ掛かった。
「いいの撮れた……。」
弱弱しく言う弟はもう、俺の顔は見れないようだった。望遠の向こうから刺すようだったあの視線が今は所在なさげに揺れている。ひどく興奮して、ウエストの中心にお行儀よく位置しているベルトの留め具に指をひっかけて引っ張った。
弟の身体がびくりと揺れる。
できた隙間にその手をすべらせて下腹を撫でると熱を持っていた。さらに下へ手を突っ込む。ああ、勃っていない。素直に反応できなくて耐えるように小さく震える弟に顔を寄せた。
「熱い、な。」
ぎ、と音がしそうなほど睨まれるが、すでに潤んでいてちっとも迫力がない。俺はスラックスに差し込んだ手でワイシャツの裾をつかんだ。
「ボタン、開けて。」
唇を噛んで悔しそうな顔をするから、もうすっかり興奮しきってものすごい質量になっている自分のそこを下腹に引っ付けてやったら弟の腰が揺れた。しばらくためらった後、ゆるゆると持ち上がった手がシャツの裾をスラックスから出し、下からボタンをはずし始める。形のいいへそと、それを取り囲む固い腹筋が少しずつさらされていく。ものすごく嫌そうな顔に意地悪したくなって、反対側の手で兆していないそこを服の上から優しく握った。
「っ…!」
弟の腰がうしろへ逃げようとしてすぐ壁にぶつかる。こういう熱の上がり方をした時、弟は勃たない。だから俺が抱くことができるのだけど、そうなってしまったら、腹の中をこすられるまで反応できないらしかった。体に熱がたまり続けるのに吐き出す術がないのは相当辛いと思う。楽にしてやりたい。あんなに怒りが込められていたのが、だんだん早くしろと促すような目つきになっている。
胸元の2つ目のボタンまで開けられたところでたまらなくなってその胸筋に吸い付いた。存在を主張する尖りを舌で押しつぶして吸い上げる。
「ぁうっ。」
口を塞ごうと動いた手が間に合わず声が漏れ、それは俺の理性を吹き飛ばすのに十分だった。
がちゃがちゃと下品にバックルをはずして下着ごとスラックスを落とす。右手の指を2本、弟の口につっこむと、苦い表情で舌を絡ませてきた。動かそうとするのを指で挟んで阻止する。根本をやわやわと揉むとみるみるうちに唾液が溜まって口の端からこぼれた。溜まったものを全部掬うようにしてぐるりと口内を撫でると弟の身体が大きく跳ねる。右足を抱え上げ、陰嚢のもっと後ろの窄まりに、濡れた指をあてる。
「ちょっと…先に風呂…!」
焦った様子で言うのは無視して、そのまま一本だけ入れてみた。久しぶりすぎて当然のことながら、指が千切れそうな狭さ。しばらく入口付近を広げるようにして壁を揉む。あっという間に短い息になった弟が感触を思い出してきたのか、息を吐きながら力を抜こうとする。そうすると少し奥に進むことができて、弟がまた跳ねた。
このまま立ってするのと、ここの固い床の上に転がるのとどっちが楽だろうなんて腸壁を押しながら考えたが、どちらもろくでもないと思い直した。もう頭が馬鹿になっている。でも寝室まで行く余裕が自分にない。
ポケットに潜ませていたローションを取り出し、中を触っていた指を一度抜いてべたべたにまとわせる。
大きくふー、と息を吐きだして弟が休憩したことを確認してから、今度は二本で中に押し入った。ボタンを開きかけのシャツを握ったままどこにも行けなかった手が、助けを求めるように俺の首にまわされる。ひどく満足して、唇を合わせる。弟の手が頭を抱き込んで髪を撫でてくれる。俺はすっかり気をよくして、熱い腹の中にすべりこませた指をぐいと入るところまで入れた。
盛り上がった自分の股間を押し返す力を感じ始めてそこに目をやると、やっと勃ってきたようだった。弟も気づいたのか少し安心したようで、さっきまでより体の力が抜ける。入れた指が動かしやすくなって、前立腺を見つけられた。
「――っ!」
いつも弟にされているように、そこをしつこく押したり、やさしくさすったりする。びく、びくと腰が揺れて、ものすごく気持ちよさそうだった。固く閉じていた栓が抜けたように艶っぽい空気を垂れ流してくるのが可愛くて可愛くて、首筋や鎖骨に何度も吸い付く。あ、あ、あ、と抑えることのできない声がリズムよく吐き出され、なんとか体重を支えていた左足ががくがく震えた。
お互い限界だと思って指を引き抜く。雑に自分もズボンを脱いで放り、最初から痛いくらいに張っていたものを孔の口に押し付けた。ひきつった顔の弟が左右に首を振る。
「まだっ…むり…!」
「ごめん、ゆっくりするから許して。」
そのままぐ、と力をかけたら息をのんだのがわかった。自分の重みすら支えきれなくなってきた足一本ではどうやっても逃れられず、弟の後孔は俺の侵入を許した。
抱え上げている右足もぶるぶる震え、目じりから涙が一筋落ちた。真っ赤な顔で息を整えようと必死になっている姿は別人のようでひどく煽られる。
俺は脳内の理性という理性をかき集めて、力任せに突っ込んでしまいたのを我慢した。
空いている方の手でわき腹や背中をゆっくりさする。張りのある筋肉がしっとりと手のひらに密着して触り心地がよかった。少しでも長く、落ち着くのを待ちたいが、半端に入ったものがすごい力で締め上げられてゆらゆらと腰を動かしてしまう。
「ほんと、ごめん、な?」
とうとう耐えることができなくなって、ずり、と大きく腰を進めた。
「ァあっ……!!」
一番苦しかったところを抜けて少し進んだらちょうどあたったらしい。およそ普段の弟からは想像もできない声があがってさらに中で膨れてしまった。これを聞くことができるのも、真っ赤になった顔でふぅふぅ息を吐く様を見られるのも自分だけだと思うと脳髄まで痺れる。もう無理だ。明日仕返しされることを考えて丁寧に優しく抱くつもりだったけど、何もかもどうでもよくなってしまった。
反対側の足も抱え上げ、体の重みで深くまで入るように上へ向かって突き上げた。
一度やってしまうともう止められず、最奥をめがけて何度も打ち付ける。
「う、んぁ、あっ。」
いつもは容赦なく辛辣な言葉を吐く口から、意味をなさない淫らな声が次々こぼれる。頭のてっぺんから足の先まで沸騰したようになって夢中で貪った。もたれた壁に背中がごつごつ当たって痛そうだと思ったが体勢を変えられるような余裕は一ミリも残っていなかった。ぽろぽろ涙を落とすのが見えて、ひどく獰猛な気持ちが生まれて行き止まりに叩きつける。ひたすら気持ちがよくて、ごめん、ごめんと謝りながら顔中に唇を落とすとその都度弟はびくびく跳ね上がって、最後は2人で同時に果てた。

「ごめん。」
全部中で出し切って引き抜くと、吐き出したものがどろりと垂れてきて、弟はとてつもなく不愉快そうな顔になった。
「風呂、連れてくから。ほんとごめん。」
自身の力だけでは立てそうにない体を抱っこして、ようやく風呂に連れて行った。
出してしまったから中まで洗わないと、と色々やっているうちに、結局風呂でもう一度、そのあとベッドに倒れこんでもう一度して、ようやく弟は熱をすべて吐き出せたようだった。
顔どころか胸も腹も血の巡りがよくなったからか赤いままで、フルマラソンでも走ったかのように荒く息をつく様子に、やってしまったと思う。
でもそれは年に何度か俺だけに見せる特別なもので。
水を取りに行ったついでに、玄関に放ったままだった弟の仕事道具から俺でも使えそうな小さいカメラを持って戻った。
弟は気づいていない。くず、人でなし、変態…と思いつく限りの悪態をついているが、それはもう一戦、と煽っているようにしか見えなくて笑ってしまう。
気づかれる前にと、カメラを構える。
ジィ、とピントを合わせる音で弟があわててこちらを向いた。
ファインダー越しに目が合って、瞬間、シャッターを切る。
信じられないものを見る目を俺に向けた弟に、あとで半殺しにされそうだけど、モニターに表示されたそれは、最高によく撮れた一枚だと思った。

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