カテゴリー: 雑記

オメガバネタるろ

パイプカットしてるから。

言われた意味を正しく理解したのは時代の大きなうねりを超えてしばらく経ったころようやく。

「助けてやろうか」

それまでに経験したことのない、体の内から食い破るような燃焼は、いくら外側を殴ってみてもおさまるどころかますます燃え上がり、喉は干上がり、たまらない空腹で焼け焦げてしまいそうだった。その時初めて、おれはαとかいうやつで、おんなじなんだって、とらおに教えてもらった。あまりに熱くて、よく、覚えていないけれど。

「可哀想にな。Ωのフェロモンを吸えばそうなる。不便なつくりだ」

おんなじだって言うのに、とらおはなんでこうならねぇんだって聞いたら、それをジュヨウ?するキカン?をあのヘンテコワープで取っちまったと言った。そしてつけ足す様に、そうなのだと。相変わらずベンリな能力だな~なんて思う余裕もなく、ぜぇぜぇと吐くのが息なんかじゃなく火なんじゃねぇかと思って、助けてくれって頼んだんだ。

から始まるα×αのルロ―オメガバ。いつか海賊王が番う相手を見つけるまでの間、とルの側にいて不毛な関係を続けるロ。体の反応で燃え上がるような強制的な欲求より、守ってもらった取り戻してもらったものを互いに小さな灯で大事に温める関係性を選び取っていくルロー……まぁ、書けないけど……

濡れないから人一倍手をかけて準備してセックスに臨むロと、それを知って喉に魚の骨がささったみたいに抜けなくなるルと。

コビロ

焦っているつもりなんかなかったけれど、思ったより気が急いていたのだと思う、お互いに。いずれ近いうちにはと告げてから、タイミングをはかりかねていた。八つも年上の人を相手に、失敗することを考えて怖くもあった。恥をかかせるようなことがあってもならないなんて、生意気なことも考えた。でも結局あなたが、そういうものを飛び越えてくれるから、僕は甘えてしまっているのだと思う。
小さな運転席に収まっていた足がにょきりと伸びて、長い腕がこちらへ伸ばされるのに、僕はまだ言葉の意味をモタモタとほどいていた。
「そっちへ行ってもいいか」
返答に焦れるには短い間だったはず。狭い車内だから、「そっちへ行ってもいいか」はいつものソファのようにローさんが僕を膝に乗せるというわけにはいかない。背の高いローさんの頭が天井に当たってしまったら痛いと思う。その長い足はコンソールに引っ掛かるかもしれないし。
迷いが頭をめぐる間に頭がまわっていて、助手席の僕はフロントガラスの向こうから月に照らされていた。同じ色の目に見下ろされている。ハンドルを握っていた手が器用にレバーを引いて、助手席ごと僕は沈められていた。「そっちへ行ってもいいか」はその通りに実行され、大人の重みが大腿に乗っていた。どっと鼓動がボリュームを上げる。
「ローさ、」
言い切る前に塞がれる。インターチェンジで買ったブラック珈琲の苦味が舌に乗る。月光を遮られて真っ暗になった視界はバチバチと赤い閃光が時に瞬き、閉じているのか開けているのかわからなくなる。頬にかかるローさんの呼吸が早い。たぶん僕も。こんな、道の駅の端、隠れるように停めた愛車の中で。早鐘を打つ心臓の音しか聞こえなくなる。忙しなく絡め取られた舌を吸われている。ローさんが普段仕掛けてくる、ゆっくり僕との境界線を溶かして、テリトリーに引き込むようなものとは違う。なにか決意のようなものをさせてしまったのかもしれないと、気づくには十分すぎた。
緊張を高め合うような日は何度かあった。拳を開いて、掌を隙間なくつけて、鼻息がかかっても許されるのだと教えてもらった。頸動脈が波打つのを頬で感じて、その肌のにおいを嗅いでも、くすぐってぇと笑ってくれるのだと。招き入れる意思を示してくれたのに躊躇していたのは僕だ。他人を侵略する行為は、いまだ経験のない僕にとって準備が必要だった。長く生きている分、ほかの誰かに許したことがあるかもしれないローさんに全部任せてしまえば、きっと機嫌よくなにもかも導いてくれたのかもしれないけれど、僕からも歩み寄らせてほしかった。そんな我が儘を辛抱強くきいてくれたのだと思う。なるべく待たせたくないと思うほどに踏みきれなくて。少しくらい格好もつけたかったし。そうやって僕が自分のことばかりで、いろんなことを見落としている間に、いつ僕の手を引っ張ろうかとあなたも伺っていたんですね。
待ってほしいと押し返せば止まってはくれるだろうけれど、そうすればたぶん離れてしまう。取り繕わせるような真似はしたくない。行き場に困って縮こまっていた腕を伸ばして、小さな頭をそろりと抱いた。どくどくと脈打つ後ろ首に触れるとぴくりと跳ねる。緊張、しているんだ。僕なんかよりはるかに大人なあなたが。
一方的に吸われるままだった舌を取り返して並んだ前歯をなぞると、鼻から抜けたようなくぐもった声が落ちてきて、いっそう胸がどどっと鳴った。上顎を舐めると震えてしまうことを知っている。息を継ぐために唇を離すのさえ厭わしいと思うくらいキスが好きだということも。だけどこのまま進めることはできないから。息を吸うふりをしてローさんの頬に手を添えた。
「僕、謝りません。謝らないし、自分勝手を言います。やり直しをさせてください」
ローさんは目を丸くして、そして舌打ちをした。この人の回転の速さには舌を巻く。ちょっと気の毒に思えるほど。
「おれがいいって言ってんだから、今でいいんだよ」
「いえ、その、緊張しすぎて、できないです」
ローさんの手を僕の心臓の上に置いた。飛び出そうなほど暴れるものが、勢いを失うことなくずっとそこを内から叩いている。ローさんは大きな手で宥めるように撫でて、そして視線を足の方へやった。結局格好はつかなかったけれど、正直なところ、勃たなくてよかった。もしそうなっていたら、たぶん流されていた。
「ふはっ、可愛いな。舐めるか? 勃たせられるかも、しれない」
「ここじゃないところで、したいんです」
僕をどこまででも連れてってくれる愛車で、あなたが肘をぶつけたり痣をつくったりすることになってまで、このまま踏み越えようと思わない。ローさんがご機嫌でいられる空間だから。それにこの不自由を楽しめるほど、まだ僕は大人でないので。
話す間、たぶんローさんは色んな顔をしたと思う。よく見えないのが本当に残念だった。
いつかここでしたい時がきたら、その時また深い夜に連れて行ってほしい。
「子どもですみません」
「さっき謝らねぇって言ったくせに」
「それは、待たせたことに対してです」
「おればっかり」
拗ねたように、熱を持った膨らみを押し付けてくるから、かっと熱くなった顔が吹き飛ぶんじゃないかと思った。もつれる口で名前を呼んで、黒髪を抱き寄せて胸元に押し付ける。勘弁してほしい。
「僕だって、ローさんが近すぎて収まりませんよ」
「口先ばっかり上手くなりやがって」
もう一度舌を打って、ローさんは猫か犬みたいに額をそこへぐりぐりと擦り付けた。
「僕から声をかけますから。僕が、誘いたいんです」
ローさんはよく僕の頭に鼻を埋める。そうして吹き込まれる息が暖かいから、どうやっても縮められない身長差だって愛することができる。いつもは届かない地肌で思い切り呼吸すると、Tシャツの上をローさんのまつ毛が動いた。同じ色の髪の先が照らされて、濡れたみたいに光っている。そう遠くない新しい夜に、ここではない場所で同じものを見る。格好がつかなくとも、何度やり直しても、次の夜を迎えることをきっと許されている。
腹部で触れるあなたの鼓動が、ちっとも忙しさを忘れられない僕と重なって、鼓膜を叩いている。

コビロちゅう小文

たしかに許可した。それなのに、子猫のような薄くて小さい舌が、表皮の毛羽立った下唇を舐めたことにひどく驚愕する。皿の牛乳をすする姿を想像させるそれは、しかし決してそんな愛らしいものではないと後に知らされる。
なんともないと思っていたことが、犬に噛まれるぐらいのと思っていたことが、急にとんでもなく恥ずかしい行為のような気がしてくる。制止をかけようと開いた口に、愛玩動物の顔をした猛獣がかぶりつく。あっ、と思ったときには自分の舌を味わわれていた。ざらり、とぬめった体温を擦り合わされると後ろ首に鳥肌が立った。唐突によくない感覚を呼び起こされて戸惑う。鳥肌は首をのぼって、地肌を粟立て、そのまま思考を揺さぶった。同時に疑問が浮かぶ。愛情を注がれることが、好意を向けられることが当然といったすまし顔は、かぶり物だったのではないかと。
まて、の発音をするために唇を合わせることはかなわず、鼻から空気だけが抜ける。とうてい自分の発した音とは思えないほど、芯の抜けた息が伸びて。思わず目を開いてしまうと、そこに伏せる桃色がかったまつ毛ともっと濃い同系色の頬骨。小さな毛穴から汗がにじんでいる。
発語は許されなかった。「ローさん!」とコビーがくっきり発音するとき前歯の根元に当たるものが、懸命にローのそこを舐めていて。話すとき食べるとき、自分でも当たるところであるのに、他人に触られるとこうも落ち着かないものかと知らされる。
言葉でだめなら仕方ない、押し返すまで。そう思って力を込めた手は、いつの間にか左右がどちらもコビーによって指の一本一本を分けられソファの背に沈められていた。ソファに乗り上げた男がそのまま体重を乗せているから当然拘束はかたい。キスをしていいかと聞かれたから、していいと答えたそのときは、まだ自由だったはず。人差し指と中指が、間に挟まったコビーの人差し指をぎゅっと抱きしめたようになって、これは目指していたことと違う、と慌てふためく。十本の指を動かそうと、ばらりばらりとやってみれば、豆だらけの十指にじっくりと握りしめられ、なだめられてしまった。落ち着きのないことを咎めるような人差し指が、一度抜け出て手の平を爪でかく。とたんにそこに電気を流されたような痺れが走って、全身が一度細かく震えたのがわかった。
やはり言葉でやめさせるしか。舌を受け入れるために自然開いていた口を、一回り大きくすると口角が濡れた。口内が、溢れそうなほど満ちている。コビーの舌からつたってきた唾液だと少し考えればすぐにわかった。それが自分の体液と混じり合って決壊しそうな泉になっている。これを零すのは、はしたない、気がする。キスの途中で涎を垂らすなどと、見た目を想像しただけで頭から蒸気が出そうだ。だって街中で見たあのカップルは、キスの途中で涎など垂らしていなかった。やわらかな陽光の中、仲睦まじく手を取り合い、そして唇を合わせる姿を、この若い海兵は見ていた。かの麦わらに向けるのとも、大先輩である拳骨中将に向けるのとも違う憧れをその視線に宿して。部屋に戻って、ちょうど本を一冊読み終えたところで、珈琲を運んできたコビーにしてもいいかと問われるまで、ローはさっぱり忘れていたのだが。目がまわる。鼻から取り入れる酸素だけでは足りないのだ。息を継ぐにはたっぷりと頬を膨らませているものをどうにかしなければ。
波を立てないよう奥歯を噛みしめる。嚥下のために持ち上がろうとした舌はしかし口蓋に届かずコビーの舌の裏を強く擦った。
「ん、っふ、んぅう……」
表面とはちがう舌触りに、なんらかの回路が焼ける音が聞こえた。邪魔された舌は目的を果たすことがきず、咽頭だけが上下して、食道に流れ込んだ濁流のわずか、閉じきらなかった気道に入り込んでしまう。げほっ、と飛び出す空気が圧を押し返す。どぷりと蜜が、口角から溢れる。
「まっ、げほっ、こ、っっふ、うっ」
「すみません!」
事態をすぐに理解したコビーはローの背をさすった。だが下を向くことができずローは細かな咳を繰り返した。まだ口内に残っているものは、上を向いていないと全部出てしまう。
「嫌でしたか? すみません夢中になってしまって。吐き出しますか?」
それも憚られた。涙の浮いてきた目で必要ないと断って、解放された片手で閉じ切らない口を覆う。狼狽する気道が落ち着いた隙に飲み込んだ。
こんなに恥ずかしい思いをするようなことだったか。想定していなかった呼吸の促拍。なにか、この男とローとの間で、行為に対して齟齬があったのかもしれない。
「大丈夫だ、嫌じゃ、ねぇ」
「すみませんでした。珈琲飲みますか?」
持たされたマグカップはほどよい温度になっていた。濡れた頬を拭うことすら忘れて啜る横で、座り直したコビーもカップを傾ける。ローのそれとは違って白い水面のホットミルクは若者の好物だ。その泉に浸された舌が子猫のようだというのに、なぜか熱気を帯びた体が震えだす。隠さなければと含んだ苦水は、口内に沁みるほどしかなかった。

コビロカント

一世一代の告白だというのに、コビーの目は呆れてさえいた。だが逃げようにも、「言っておくことがある」と伝えた時点から握られている手は能力を展開できない。
生まれついた時からその他大勢と異なっていた身体の構造について羞恥を抱いたことはなかった。両親が医師であり、正しい知識でもってそのつくりを理解していたこと、またドンキホーテファミリーにおいて、トップであるドフラミンゴが好奇な目で見なかったこと、さらにほかのファミリーにそれを明かさなかったことが大きい。他人と体の関係を持ったおりに揶揄されるようなことがなかったのは、ある程度の選り好みをしていたのと、明らかに自分の方がフィジカルの面で強かったから。
だからこの身体つきのことで恥ずかしい思いをするとは思っていなかった。現在、ローは動悸と体温の上昇を自覚している。
「なんでそれをぼくに教えてくれたんですか?」
静かに、言葉を選んでいるようだった。ローが思わせぶりな言い方をしてまでこのひみつについて打ち明けねばと思った、八つ年下の若い海兵とは、互いのことを、友人や職場の人間などと培う親しみとは違うものを抱く存在だと共有するようになってから、意外と長い月日がたっている。その間に世界情勢は動き、コビーは出世もした。元々辞表を出しているとかいうその扱いがどういうものなのか、組織外の人間であるローにはわからない。
コビーは今、その白いコートを椅子の背に預け、襟にマリンブルーが線を描く演習着で、ハートのジョリーロジャーが印字されたパーカーとジーンズというラフな恰好で執務室を訪れたローと、ソファで隣り合って座っていた。
「なんでって」
「だって今までは黙っていたんですよね」
咎めているつもりはないです、とコビーは付け足した。確かに、言ってこなかったし、その必要にかられない距離を保ってきた。長いこと。テーブルに並べられた珈琲がふたつ、まだ湯気を立てている。片方はミルクの溶けたやわらかいブラウン、もうひとつは混ざりけのない黒。早く飲んだ方がいいと思う喉は乾いていて、指先が心なしか冷えている。
ローの自認は男性である。上半身のつくり、筋肉の付き方、体毛の生え方などからしてもそうだが、生殖器のみ女性のそれが備わっていた。最初からそうだったので困ったことはない。戸惑ったことは、まぁある。今もどちらかと言えばそれに近い、かもしれないが、明かすことを決めたのはロー自身だ。
「選択肢がねぇような気がしたんだ」
「ローさん、もう少しわかりやすく」
後に世界を揺るがした事件に関わった頃は、伝わらない意図について彼は眉を下げるだけだった。それなりにそこそこの経験を積み、年も重ねた今は素直に聞き返してくるようになった。大きな進歩だ、コビーにとっても、ローにとっても。
「お前がおれとこうして時々会う時間を作ることを続けていくとして、おれは何もかもわかっていてここに来るのに、お前は肝心なことを知らないままなのは、進むにも戻るにも選択のしようがねぇなと、思ったんだ」
淹れたての珈琲を並べて置いたとき、コビーは隣に座るついでにローの唇に自分のそれで触れた。それはこのソファに座るとき、茶と菓子でもてなされるとき、ローが帽子を置いていることを知っているから。何の邪魔も入らない額も鼻もすぐに触れられると知っているから。ひとつの違和感もなく。日ごろ手入れが行き届かずひび割れていることの多い唇が湿るころ、決して強引な様子はなく、ごく親し気に濡れた舌が戯れてきたのを受け入れて、ローは今話そうと、思った。
もしかしたら、男を抱くことになると覚悟さえしているかもしれない年下のことが、急に不憫になったのだ。
「ぼくが戻る選択をする可能性を、ローさんが勘定に入れていることに関してはこの際目を瞑りますが」
「どういう意味だ」
「はっきり言った方がいいですか?」
キスをするときにはそっと重ね、大事な話を始めたときには逃げないようにと掴んでいた手を、コビーは結び直した。手の平と平を合わせて、自分の指と文字の刻まれたローの指を交互に絡ませ握る。
ローは首を横に振った。野暮だと思ったから。
「では言わないでおきます。それよりも今は、ローさんが先に進んでもいいと提示してくれている、と取ったぼくが間違いでないかを、確認したいです」
「お前もたいがいまわりくどいな」
「誰かさんに影響されたのかもしれません」
生意気、と苦く思った言葉は口の中で甘く溶けて消えた。
「そう取って構わねぇ」
タイミングというのは理由付けの難しいもので、ある日突然やってくる。それはすでに、この青年と過ごす時間を積み重ねてきた中で、何度も思い知らされたものだった。だからローは素直に今がそうなのだと、だから大事な話をしたのだと。
手を絡めたまま、コビーは背中をソファに沈めた。
「何か事情があるんだろうとは思っていたので。ただそれでも、ローさんはぼくのことをずっと子どもだと思っているんだろうなって」
心底安心したような、長い息が天井に上ってゆく。
「生意気な若造ぐらいには思ってるが」
「それは否定しません。しませんから、その」
「なんだ」
「見せていただいてもいいですか」
素直さは凶器だ。特にローのような人間にとってはとっておきの。収まりかけた動悸が再び打つ。「今」が急にきたものだから、その先を想定していなかった。コビーは背を起こし、冷めかけたやわらかな色のカフェオレを二口啜った。ローの方へ向き直り、つないだままだった手を強く握りしめた。
「だってぼくのは、見たことがあるじゃないですか」
ある。確かにある。青年だって人間だから、相応に興奮してしまったことがあって、手と口は使ったことがあったのだ。
「全部見たいです、あなたのひみつ」
できれば珈琲でなく水が飲みてぇなと思った。だが許されないくらいの圧が、熱を持って、青年から発せられている。ほとんど無い距離でそれを浴びたローは満足して笑った。戻る選択肢などコビーがとっくに捨てていることを、知っている。それでも時に、直に突き付けてもらいたくなる捻くれた自分を、この率直な男がいつも解いてくれる。恥ずかしさはもうなかった。
「いいぜ、全部明け渡してやる」

将校の仮眠室には何度も入ったことがある。寝不足の時にはいつもローがここのベッドを占拠するので、いつの間にか掛け布が手触りが柔らかく毛足の長い毛布に替わり、枕カバーはふわふわと雲のような材質になって久しい。
子ども同士のように手を繋いだまま、二人ベッドの真ん中に座った。まだ日の差す明るい寝室。振りほどいて服を脱ごうとしたローをコビーは制止して、また唇をくっつける。正座の形をしたローの膝に片手をついて、下から押し上げるようにしてキスをした青年は何度も膝を撫でた。焦らないで、急がないで。見聞色の覇気に優れた男は時折、声もなしに話しかけてくるようなことをする。きっと幻聴だ、願望込みの。
舌を絡めると背の低いコビーの方へと唾液が下る。それを飲み込みながら息を継いで、ローの舌の表を、裏を、丁寧に舐めるたび、コビーは手を握り直す。それは末梢の熱を上げ、血液に乗って体の中心へ戻り心臓の血液に混ざって高まる。その循環を想像してローはいつも息が上がってしまう。請われて啜られているのに、餌を待つ犬のように舌を出して閉じない口端から涎を零し、都度舐め取られて頬まで震える。裸をさらすために、あらかじめ空気を濡らして温めておくこの律義さが、好んだ若者の官能。
痺れてきた膝を横に崩したのを合図にコビーが手を解いた。ローより先にその指がデニムのボタンをはずしてしまう。ああオトコのコだなと妙に感心した。ウェストに手をかけ、尻を浮かせて下ろしながら、崩した両足を前へまわして立てた。コビーの視界には閉じた両膝が幕の役割を果たすだろう。そこが左右に開くことへの期待でごくりと唾を飲んだ音。だんだんおもしろくなってくる。娼婦のような気分になって、至極ゆっくりと、片足ずつ抜いてやった。素足の脛には体毛が生え揃っている。髪や腕と同じ、毛は色も濃くしっかりしている方だと思う。舞台の幕を開けるように、両膝に手を掛けて雄の脚を割り開く。現れた脚の付け根で、まだ決定的なところを隠してある布はサテンのような艶のある黒い三角。腰骨で結んだ細い紐が形を保っている。
「興味津々だな」
一部始終をまばたきもせず見つめていた青年に笑いかけた。パーカーの裾を捲ってやると、そこだけ切り取ったようなオンナの器官が。
「当たり前です。大事なことです、目をそらすわけがない」
ローもまた、コビーの顔から目が離せなかった。やわらかく笑んだ口元はまだ唾液に濡れたまま、頬は紅潮してリンゴのように瑞々しく、純粋に興奮が見て取れた。何気なく這わせた目線が紺のスラックスの膨らみを捉える。
「まだ見てもねぇのに」
「見たらもっと大変なことになると思います」
正直で清々しい。ローは左右の紐をいっぺんにつまんだ。笑いが止まらなかった。拒否されない、揶揄されない。ローより小さな身体で、大きな安堵を広げてくれているから、その上でローは自由に振る舞うことができる。
「しっかり見てろよ。もう、濡れてるから」
えっ、と驚いた声にかぶせて紐を引いた。湿った布は局部に引っ付いていたが、引っ張られ、しっとりとはがれてシーツに落ちる。その音は布に染みた体液の重み。
「どこまで女性器ですか」
目を合わせて真剣に聞いてくるものだから、もう可笑しくて仕方なかった。全部、中まで。密やかな声で告げてやる。コビーは遠慮することなく、ローが明らかにしたところを観察した。ローが両手で少し開いてやると、もったりとした泥濘の入口がわずか広がる。
「さわる?」
できるだけ下品に見えるように、下から覗きこむように。立てた膝の片方で、コビーの頬を撫でた。
「おれだってお前の、さわったからな」
ぐうと喉が鳴ったところを初めて見たかもしれない。コビーは隠しきれない興奮を呼気に乗せて吐き出していた。ルーティーンの運動後でも、拳の打ち込み後でも、演習後でもない、自分の暴露に対して上がっている心拍。気分がいい。足を伸ばしてつま先で、正直な股間に触れた。若い雄は窮屈気に解放を待っている。
「大変ありがたい申し出ですが」
「なんだ不服か?」
「いえ、不服はひとつもありません。ですが、さわらせていただいたら、手を引ける自信はありません」
引く必要などどこにもない。返事の代わりに足の指で、膨らみをつまんでやった。もう青年も何も言わない。右手の指先を揃えて爪の長さを確認し、開かれた膝の間に大胆に入り込んで、貝の形に例えられることもあるそれの表面を撫でた。
「んっ」
繊細な部位を他人に触れられた体はじゅわりと蜜をにじませる。痛みを失くすための反応が、快楽を引き出してほしいと期待を溢れさせる。青年はますます目を開いて、また撫でる。ぬるりとすべった指が、体の内へと続く入口の縁をわずかに引っ掛けた。それだけでローの太腿が大きく跳ねる。こんなに慎重にさわられたことはなかった。その辺の男なら、真っ先に淫芽を狙って擦り、すぐにその入り口を暴こうとする。
「ちゃんとさわれ」
「ちゃんとって、どうですか?」
「あっ……そこ、その丸いところ、押して、あんっ、お前の亀頭と同じだから、擦って、つまんでも」
コビーは言われた通りに指を操った。小さな突起を押して、すりすりと指を往復させて、人差し指と中指でつまんで。それを繰り返す。ローの顔を時々見やって、苦痛がないことを確認し、また視線を戻す。繰り返す。
「あっ、ぁあ、こび、あっ、ンん♡」
「わ、すごいです」
「ひあっ」
亀頭のかわりを可愛がられるたびにじゅん、じゅん、と湧き出ていたものが、とうとう垂れたらしい。突然反対の手がそれを掬って入口になすりつけた。ローは飛び上がる。青年は興味の赴くまま指にまとわせた体液を中へ戻した。にゅる、と侵入した指の分、また新しく水気が溢れる。抜いた指でまたそれを掬って、コビーはローの中に押し込める。
虐める気はないだろうに、掬ったものを膣壁に塗り込め、擦りつけては出て行く指は罪深い。浅い刺激にますます水気は増し次々零れてしまって、また、同じこと。ローはそろそろ横になりたかった。力の入った腹筋が丸まって隆起していた。その硬さと、アンバランスな内側の柔らかさ。粗相をすくって中に戻す、青年の指は少しずつ侵入を深くする。陰核を揺する指は触り方を教えた時からずっと、同じループで甘く刺激を与え続けている。
「あぁ、や、背中つらい、ふうッ」
「あっ、気づかなくてすみません。楽な姿勢にしてください」
コビーはそっとローの肩を押した。ようやく背中が伸びてほっとする。胎の奥へとつながる道もまっすぐになって、より深くへ侵入を許す。シーツに染みる前に拭われたぬめりが、また、中へ。びくりとローの体が鳥肌を立てる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ、ねぇようにっ、見えるか?」
「もう一本、指入れてみてもいいですか?」
「ははっ、さわり方を知らねぇくせに、広げるってことは知ってんのかよ」
「子どもじゃないので、ぼくも」
力加減がわからないからさっきは聞いたのだと、きまり悪そうな顔になったコビーは大層可愛かった。ローはその顔を見上げて舌を出した。こっちの口も構ってくれという意図は、言わずとも青年を動かす。
舌だけを擦り合わせる。肉の薄いコビーの舌は包むようにローのそれを舐める。鼻がぶつかって、角度を変えて、互いに開いたままの眼で欲を絡めて。今度はローがつたってきたものを飲み込んだ。んく、と嚥下に合わせて引っ込みかけた舌は吸い付かれ引っ張られて、口の端から唾液が零れた。
「わんこみてぇ」
「ローさん、犬好きですもんね」
こうなってくると揶揄も意味をなさない。わかっていてつい、そういう言い方をしてしまうのはもう性分だった。やり返されたなと目をそらす。コビーが上機嫌に笑う。
「では、わんこらしくしなくては、です」
「は?あっ、やめ、んあァっ」
厭らしいキスをしたのと同じように舌を出したまま。頭を下げたコビーはさっきさわり方を教わったばかりの肉芽を舐めた。一際高く声が上がったのは見逃してはもらえない。ひと舐めしたところの反応を確かめ、青年は膨らんできた突起を舌先でぐりぐりといたぶる。すぐ下の、洞の口があっという間に洪水を起こす。どぷりと涌き出た悦楽は音を立てて啜られた。
「っぁアっ♡だっ、やめ、ふンン~~っ」
じたばたと暴れる長い足は、それでも桃色の頭を傷つけまいと閉じることはない。口のまわりを濡らしてまたコビーはローの弱い尖りを舌で捏ねる。跳ねる体に追い討ちをかけるように、泥濘に指が二本忍ばされる。ずぬと侵入されるも痛みはなく、かき分けるように壁を広げられローは下腹を震わせた。犬はそんなところに指を入れねぇ。だが嫌みどころではない。じとじとと湿り続ける狭い道はささくれのない指にくすぐられると悦び戦慄いてすり寄った。後で与えられるであろう幹に見立てた指を、膣がきつく抱き締める。よしよしと慰めるように擦られて、同時に陰核をずるりと舐められて、胎の奥で渦を巻いた灼熱が、脊髄をかけ上がった。止めようのない押し上げに顎が反る。
「あっ、いっ、くぅぅ……っ!」
中は狭くうねって侵入者を締め付けながらも、じゅくじゅくと熟れて蕩けている。断続的に跳ねる腰と同じ調子でぎゅう、ぎゅう、と締まる膣壁が、絶頂を青年に教えていた。咥え込んだ指をふやかすほど滴るものを、広げた舌で舐め取られる。
「いって、いってるから、ま、って、ァうう……」
耐えきれず大腿で挟み込んだ頭は喉を潤す獣のようにそこを啜った。中の収縮がおさまるころ、やっと股座から抜け出して、コビーは手の甲で口を拭う。
「わん」
こんな大人びた冗談が言えるタマだなんて誰が思っただろうか。その匂い立つ表情を見られるのは自分だけ。ローは全身を赤くしている年下の男を見て舌なめずりをした。
「…はっ、猛犬じゃねぇか、こんな興奮しちまって」
手を伸ばせば信じられないほど凶暴なものが青年の真ん中で育っている。
「興奮するに決まってるじゃないですか。こんな、勝手にひみつを分けられて」
いつもタイミングが掴めなくて戸惑うんですよと、火傷しそうな息とともに耳に吹き込まれた。そこから覇気でも流し込まれたようにコビーの声は脳を満たす。最高だ、おれの男だ。伸ばしたままの手で前立てをかき分けて、取り出したものの先へ腰をなすりつけてやる。互いの立ち位置は隣だと共有してから、こんなにぴったりと密着したことなどない。ただ、今日がその日だっただけ。
「いれてくれよ。お前がこんなにしたんだ」
じわじわとまた滲んでいた愛液を鈴口に擦りつけるとコビーは呻いた。ローは長い指に自分の股から湧いて出たものをまとい、括れに滑りを与える。びくりとまた硬さを増すのがおもしろく、そこをぬるぬる可愛がってやる。普段あんなにさわやかな青年の、こんなにも猛った血流。
「あんまりさわると、出て、しまいます」
こめかみを汗がつたっていた。市民の平和と安全のためにかくものと同じ。だが彼の汗腺を開かせているのは自分の乱れた指先。垂れた塩気の雫が白い襟に沁みるのはたまらない。ああとんだ変態だなとローは自嘲した。
「ならいれろ。出す前に。ここに、ここだけ」
待ちきれないひみつの入口に押し付けると、制御できない動きがぱくりとまるい先端を食んでしまう。コビーの眉間に皺が寄る。だめですってば、出るから。なかなか聞くことのない、つかえた吐息に聞く焦り。淫らなことに手を染めそうにない男が自分の手管のせいで自分に劣情をぶつけたがっている。柄にもなく胎の奥が切なくねじれて苦しい。はやく、と急かす沼をごまかす様に何度か秘口で噛みついてやると「スキンありますから」とわずか理性の残った声で言われて離された。なんだ、意外と余裕あるじゃねぇか。二度目の感心。年下ながら頼れる。そんなところも。
「さっきも言いましたけど、もう、手も足も引けませんからね」
こっちも。わざとらしく俗な言い方で薄膜に包んだ下半身を示して、コビーは今度こそどろどろに沸いたローの密壺に自身を潜らせた。
「んんぅぅっ♡あ、はぁ、あちぃ、あっちぃな、くそ」
見立てていた指などより重く硬い熱芯が内臓を灼く。肉が溶けてなくなりそうなほど。じゅっと音がしそうな柔壁は驚き悦んで懸命に若い雄をしゃぶった。ぐ、ぐ、と唸る喉仏が間近で見えている。伏せた瞼で震えるピンクのまつ毛はいつもより赤が濃い。可愛いうえ色っぽいなんて。まったく、もったいないことだなんて思わない。世の中の大勢に愛される男が自分に夢中だと悦に入る。
得意気は顔に出ていたらしい。よそでさらさない顔を見せているのはお互い様。緩んだ口元にコビーの目線が刺さっていた。くつくつと転がる笑いのままにローは首を持ち上げる。正常位では少し届かない唇を食べるために。
「んむっ、あ、ぁふかいっ」
キスをするには奥まで入らねばならなかった。ぐつりと割り開かれたところはぐずぐずに溶けた性感のるつぼ。刺激されて全身に火花をまき散らし、さらに温度を上げる。口と口は舌で溶け合って、結合部は境目がわからなくなって。隔てた膜の感覚はないのに、中を埋める確かな圧で、コビーの形が掴めてしまう。
「い、たく、ないですか」
「ないっ、きもちいっ……ぁんん♡もっと、いれ、ろっ」
硬い股関節が恨めしいと思った。骨がはずれそうなほどに広げた脚でしがみつく。教えられなくとも知っている、本能の動きが青年に腰を振らせている。抜いては収め、また抜いて、もっと奥へ。正直、ただの律動をこんなにまで感じ入ったことはない。童貞ではなさそうだが、コビーが手練れているわけでもない。ただ丁寧に抱かれているというだけ。ひみつを分けたのが、この男だというだけ。
「ぜんぜん、もちそうにありませんっ」
くっつけた口はあっという間に離れてしまった。もっとキスがしたい、そう思っていると互いにわかっているのに、ばちんと音がするほどの運動が止まらない。激しく何度も擦り上げられた媚肉は蜜を噴き続け、青年の幹を頬張る縁を白く泡立たせた。
「じゅうぶんっ、んアっ、だ、あっ、め、もういくっ」
ぐしゃっと飛沫が上がったような感覚、胎の奥が追い込まれる。交差させた足首は、小刻みに震えるコビーの骨盤を感じ取っていた。すぐそこに頂が見えて、ローは必死にコビーの手を探した。
「てぇ、つなっ、げっ、ぁ、やっいくから、いくから、つないで」
「ローさん、ここです」
わき腹をくすぐるように動いていた手を取られた。笑っている、青年が。はにかむようにして。死を刻んだ指は生きることに前しか向いていない指と絡まって単語がほどける。汗に濡れた手の平は滑るが吸い付く。触れているところすべてから、肌が肉が熔けて弾ける。ぎゅっと力の入った指に挟まれてローの指が痛んだ。おかえしとばかりにひみつの孔が締まって、摩擦が生み出す悦楽が膨らむ。
「ぁっぁっ、あぁァぁっ……っ♡」
握ったままの形で固まるほど手に力を込めてローは頂から飛び降りた。散る涙、白む視界、吸った息が吐き出せない。体の内がびりびり痺れて、カウンターショックを失敗したときのような、乱れた電気が体を走る。燃え滾る窯の一番奥で、膜の中、吐き出される灼熱。もっと深くへ送り込むようになんども突かれて、ローはその度震えて声を上げた。
昼の陽気に似つかわしくない、仮眠室の空気。汗でぬれた上衣が冷えるころ、やっと少し体を離した二人はごろんと大の字になって笑った。
「とんだ犬だった……」
「かわいい犬でしょう」
そう笑った鼻の頭がまだ興奮の名残で赤らんでいて、もう一回くっつきてぇなと、握ったままの手をローは結び直した。どんな心づもりでスキンを買っていたのか、とか、今度は青年のひみつをわけさせるつもりで。

スモロ攻F

痛いと言ったらどの口がと詰られた。額の縫い傷を狙った足は大きな手のひらで掴まれ、踵の骨を砕かれそうなほど。
「もう出たって言ってんだろ」
滲む視界を隠すのも腹立たしく、自分を取り押さえる男をそのまま睨む。口ばかり負けじと強がるその姿勢は男を逆上させるだけなのだと、何度も言われてはいるが、じゃあどんな顔をすればいいというのか。
「まだ出るだろ」
そのまま足首を大きく上に広げられると力を失くしたペニスもまだ乾かない蟻の戸渡りも、その先の窄まりも丸見えになる。さんざ舐られて一度精液を吐き出した頭はそれでも離さず啜り続けられたせいで赤くなっていた。
「出ねぇよ!離せもう食うな」
「人聞き悪ぃな、食うわけあるか」
「ほとんど食ってるだろ、やめろっつってんだ、このすけべ」
言う間にも振りほどこうと足を蹴り上げるがもう片方まで足首を捕まえられてしまう。膝を折られ、股座に寄せられる厚かましい顔を両手で阻めば煙で対抗された。
「大丈夫だまだ一回だろ、出る」
口論の間に少しだけ休んだとはいえ達したばかりのものを舐めまわされるのは辛い。それなのに、あっとこぼれた声は明らかに濡れている。
「や、ぁあっ、やめ、やめろむりっ、ひっ」
でかいくせ、括れを挟んでちゅるちゅると出し入れする上唇と舌が無駄に器用でむかむかする。だがそれをぶつける術がない。煙を使うなど反則だ。減らず口は喘ぎ声に変わる。敏感なところをしつこく撫でくり回されて。
唾液をまぶされ何度も扱かれると腹の奥でじわりとダメな感じが膨らみ始める。中を暴かれるときに執拗に押し込まれる前立腺の、内側。
「だめって、言っ、あっあう、言ってんだろ、やめろ出るっ」
「ほら出るんじゃねぇか」
そうじゃない。そうじゃないのに確かに出そうで、諦め悪く足に力を込めるがびくともしない。違うもんが出るんだよ馬鹿やろう。追い詰められるその先で何が決壊するかは見えていて、だからこそ避けたいのに。
スモーカーはおよそ正義の味方、海軍将校に似つかわしくない悪辣な顔をして、トドメとばかりに、怯える陰茎をぱくりと含んだ。
「んあぁっ、あ、でる、くそっ、おま、おまえが出させんだ、からなっ、や、ぅんん、ちくしょっ、溢すんじゃねぇぞっ」
大きな口を全部使って亀頭から根本までじゅるじゅると擦られ、上下に跳ねる腰を止められない。突き上げるのに合わせてぐんぐんせり上がってくる衝動を、飲み込む仕草でぐにぐに動く喉奥に向かってぶちまけた。
「っあぁあ――――っ」
さっき出したものとは粘度の異なる、さらりとした体液が、さっきより勢いよくスモーカーの口内を濡らす。ビールでも飲むようにごくごくと喉を鳴らしながら、その動きでさらに雁首まで揉むようにする男は一滴もこぼさない。ローは何度もスラングを吐いて、溶けてしまいそうな腰を断続的に振った。
何も出なくなってようやく、搾り取るように吸い上げてからスモーカーは口を離した。ローは視界のあちこちで散る白い火花に頭を振り、浅い呼吸で狼藉者を睨む。
「出たじゃねぇか」
そう言って男が今度は上の口に寄ってきたものだから、ローは唯一動く首を思い切り白髪の落ちた額に打ち付けてやった。
「゛い゛っ……!」
煙の仕返しに覇気を込めてやったそれは自分の頭も痛めたが、的確にダメージを与えたようで、ぶつけられたところを押さえたスモーカーがシーツに沈む。
「ざまっ、みろ変態……!」
手足を取り返したローが右手の中指を立てる。しばらく唸っていた将校は紅目を怒りで燃やして起き上がり、再びローの足首を握った。
「いい度胸してるじゃねぇか、ロー。その調子なら、おかわりだな」
歪んだ口元が本気の時の形になっていて、思わずローは股間を両手で覆ったがそんなものは。次はてめぇに飲ませてやる、と舌なめずりした男は、もうヒトの形をしていなかった。

コビ24×ロ32攻F

「まて、はなせってもう」
「ぃひれすよ」
「その、まま、喋るなっ」
嫌だ離せと口だけは言うがローは小ぶりな桃色の頭を抱え込んだまま離すことができなかった。手の力を緩めれば、今にも腰が年下の男の喉をついてしまいそうで。だというのに呑気な薄い唇はローの陰茎を含んだまま、唾液をこぼさないようすすり上げながら話すものだからたまらない。
ローとこんなことになるまで、他人の陰部になんか口をつけたことはなかっただろうに。意外にもコビーが口淫を気に入ってしまったようで、隙あらば咥えられるようになったのはローにとっては計算外だった。
「出していいですよって言ってます」
一度口を離し、達ち上がったものを手であやしながらコビーは八つ年上のローを見上げた。湿った幹の表面が空気に触れて冷たく、眉が寄って顔が歪む。
「おれがやなんだよ」
「ぼくがいいんだから、いいじゃないですか」
そしてまた、止める間もなく「あ」の形に開いた粘膜が亀頭から根本までをぱっくりと覆ってしまった。再びあたたかい泥濘に沈んでローの腰が跳ねる。
「うぁ、吸うな、んんんっ」
いつも明るく溌溂とした声でローの名前を呼ぶ口が、行儀の悪い音を立てる。喉の奥で鈴口を絞るように締め付けて、きっと青臭い匂いが鼻に抜けていることだろう。唾液にまみれた指が、下生えをくすぐりながら根元を囲って擦りたてている。反対にローの手に絡むコビーの髪はさらさらとしていて、その湿度の違いに涙が滲んだ。コビーにこれをされるとき、されている側なのに、こちらがひどくいけないことをしている気になって、ますます興奮を煽られるのがいただけない。
「ローさん」
たしなめるように呼ばれて視線をやる。半開きの口から出された舌の上に、まるい亀頭が乗せられていた。裏側に触れている、舌のざらつき。
「やめろっ」
見せつけるように竿を扱かれ、じゅうっと吸い付かれた。そんな下品なことを。頭がくらくらする。同じことを確かに先日やってやった。そう、これを教えたのはまぎれもない自分だ。覚えのいい生徒は、ローがやったのと同じように反対の手ではち切れそうな袋を転がし、しかしローとは似ても似つかない可愛らしい顔で笑んだ。
「出していいです」
視覚的な刺激がいちばんキくからとかなんとか、高説を垂れた数日前の自分を殴りたい気分だった。もう一度、ローさん、と優しく呼ばれて、本格的に泣きが入ったのを咎めるように、また先っぽに吸い付かれ、玉を指でつままれる。くびれの裏側を舌でひと撫でされる。
「だめ、だっ、でる、で、でるでる……んううっ」
暴れそうになった屹立はしっかりと掴まれコビーの舌の上に固定されたまま、びくりと震えることも叶わなかった。かわりに背中が反りかえる。どく、どく、と耳の中で響く特大の拍動につられて内腿が動いた。ふうふうと息を吐きながら背中をまっすぐにすると重力に従って涙がこぼれ、顔を戻すと白く汚されたピンク色の口腔が開いたまま待ち構えていて、さらに目じりが潤んだ。上目で年上の視線を捉えたコビーはゆっくりと舌をしまって、上と下の唇を閉じて、そして口蓋を動かした。
「やめ、やめろばかっ」
制止を求めた手は喉に触れ、嚥下の動きを指先でまざまざと感じてしまう。硬い喉ぼとけがぐりと上がって、下がる。食道にローの吐き出した白濁を送ったその動きは猛烈な熱でもってローの顔色を赤く染めた。
「とても興奮したので、おかえししようと思ったんですけど」
うまくできましたか、とまなじりを下げた可愛い男は、鈴口に残った小さなしずく玉をぺろりと舐め取った。頭から湯気を噴きそうになるたび、二度とおかしな真似はよそうと思うのに、この年下の顔が自分の手管に流され快感に溶ける様が見たくて、またやってしまうだろう。そしてまた、仕返しでなく、おかえしで。
身長も性格もまったくの凸凹なのに、そんなところだけ同じ穴の狢。引きずり込んだのは自分だった。

コビ20×ロ23

怒れよ、と思ったがそれも理不尽だなとローは思い直した。ぱちりと真ん丸に見開かれた目はプールサイドから見る水面と同じ。波打って青く輝く。桃色の髪から垂れる雫が床の素材に吸い込まれていく。
幼い頃から注目されるような選手は、まわりの期待を一身に背負って育ち、人前で話す機会も多いからか、良き人間であろうとする傾向にあるという話を聞いたことがある。人間のいいところばかりを集めたようなこの青年を見ていればその説もあながちではないと思えてくる。
ローさんは泳がないんですか、という質問には嘘偽りなく返した。
「泳げねぇんだ」
カナヅチ。子どもの頃からこれだけは苦手だった。50メートル走も走り幅跳びもクラスで一番か二番だったが泳げなかった。水に入ると体の動かし方がわからなくなるのだ。ではなぜ水泳部なんぞのトレーナーだかマネージャーだかをやっているのかと問われたから、それにも素直に返した。
「好みの男を観察するため」
ゴーグルを取り去る仕草で動く上腕の筋肉もほれぼれする形をしていた。盛り上がる僧帽筋、ボコボコと隆起しながら腰へ向かって引き締まっていく広背筋、だが逞しい首の上に乗るその顔は、国内でトップスリーに入るタイムを叩き出すとは思えぬような可愛らしさだ。ファンだという女性も多くがその泳ぎの力強さと見た目のギャップをよく口にしていることから、決してローの色眼鏡というわけでもない。
スポーツ医学を志す友人はローの性的指向を把握していた。水泳部の裏方を担っていた男は課題の〆切に対応しきれず、たびたび助っ人としてローを呼んだ。好んで体育会系の男とふらふら寝ていることまで知っていて、見るだけにしろとは酷な奴だ。だから揶揄うくらいは許されるだろうというのが、コビーの質問に正直に答えた理由だった。時々ふらりと一定の期間だけやってくるスタッフのことなど覚えていないだろうとも思っていた。
「好みって、好みですか」
「そのままだ」
「えー……っと」
「別に隠しているわけでないから構わない」
答えに困る様子はローの好奇心を満たした。インカレでの故障後、復帰途中であるコビーは肩の動きを客観的な視点で聞かせてほしいとローを更衣室まで同行させた。トレーナーのロッカーも同室であるので。
「そ、そうですか。それで、あの」
自分で聞いておいておかしな挙動を取るのは失礼だという自覚があるのだろう。必死に取り繕おうとする姿だけでローには十分。
「体の動きだったか。夏休み前に見たときより、やはり左肩を庇っているように見える。練習のしすぎだとは聞いているが、ちゃんと休んだのか?」
本題に戻してやるとコビーはあからさまにほっとした。かわいいな。元々コビー目当てだったわけじゃない。同学年で所属している奴に体の形が好ましいのがいたのだ。だが泳ぎを見せられてからは青年しか目に入らなくなった。魚みたいに水を跳ねる桃色の髪を見るために今はここに来ている。
「指示された通りに休みましたけど……」
「ジムも行ってねぇだろうな」
嘘が下手そうだという予想は当たっていた。脚ならいいかと思ってとか肩は使わないと思ってとか言って、多少のトレーニングはしていたようだ。
「炎症を起こしていたのは肩の、後ろ側」
コビーに背を向ける。撥水加工のされたスウェットのファスナーをおろして片方の肩をさらし、この辺り、と指してやる。だがコビーはそこよりもサイドにいれてある刺青に目がいったようだった。その目線は背中にも注がれる。真ん中に大きな墨の顔がある。
「刺青ですか……?」
「ん?ああ。だからプールには入れねぇの。まぁ、泳げねぇから抵抗なく入れたんだが」
反対側の肩も出して腰までスウェットをおろしてやるとため息が聞こえた。ローより頭ひとつ分背の低いコビーの目線は背中の刺青を撃ち抜く。
「ローさん、ぼくより背も高いし体格いいから、ずっとプールサイドに立ってるのもったいないなって、泳がないのかなって思ってたんです」
く、と笑って肩甲骨を寄せてみせると瞳の水面に興味が浮かんだ。背中に刻んだ顔が笑うように見えると、ローは知っていた。
「痛くないんですか?」
「今はな。さわるか?」
「えっ」
「さわらせてほしいって、よく言われるから」
見るだけにしろとは言われたが、さわられる分には構うまい。この青年ほどではないが、さわりたいと思えるほどには鍛えてあった。いいんですか、と水でふやけた手が上がるのを視界に入れて、肯定を示すために背をさらしたまま腕をおろした。
タオルか何かが当たったような、ほとんど面積のないやわらかな接触。だが冷たい。皮膚の感覚が色のあるところとないところで微妙に異なるから、線の上を触られたのだとはわかる。ほんの少し両肩を前に入れて、そうすると遠慮がちな指の腹に肌を押し付けるようになる。怯えたように一度震えた手はだとだとしく線をなぞった。なにもないところと、人工的な色の上を交互に。おもしろがってやっていることだが肌をさらす行為は汗をうむ。首の後ろ、生え際から一筋、つるりと下っていくのがわかる。やめ時だ。
あ、という声がローの背をびたりと這った。指と違う熱さ、ぬめる接触。
「んっ」
予想をはずれた感触に鼻にひっかかった声がもれる。
「すみません!」
慌てて離れた顔を振り返ると手の甲で口を覆っていた。頬も額も真っ赤にして、青かった目を白黒させている。舐められた、とはその様子で知らしめられた。なんだ、俗物じみたところもあるんだなとローは愉快になる。向きを変えてロッカーに背を預ける。脱ぎかけていた服はもう前側も開ききっていた。背中より大きく、ハートを刻む生身。息を飲む有望な未来。
「こっちもさわるか?」
見上げてくる瞳は揺れていた。プールサイド、揺れる水、冷えた底に熱が隠れている。引きずり出したい。自覚があるかどうかなんて、どうでもよかった。どうせ忘れる。
「ローさんはその、付き合っておられる方……とか」
「いねぇ。それにこのくらい、どっちだっていいだろ。ああ、気持ち悪いか?」
「そんなことありません。その、医学部の人ってもっと……」
「ひょろいと思ってた?」
「すみません、ローさん綺麗に筋肉がついていて、その、何か他にスポーツやっておられるんですか?」
「走るくらいはしているが、今は忙しいからな、どこの部にも入ってねぇよ」
重ねて、さわる?と聞いてやると顔はさらに赤みを増した。胸骨の真ん中でローの化身が青年を見下ろし挑発している。
ロッカーから背を離し屈んで、茹でた蛸みたいな耳元に口を寄せた。
「よく言われるんだ、さわってみたいって」
たぶん後で怒られる、という範疇に入ったとはわかっていた。だが水泳部のエースと二人きりなんて今後ないだろう。そうとすれば最大限に満足を得て、あとは助っ人を引き受けなければいいだけだった。ローはコビーの手を取った。
「ローさんぼくのこと揶揄ってますよね」
「そうだが?」
「いいんですね、さわって」
「いいって言ってる」
「じゃあ遠慮なく、失礼します」
あっ、と思ったのはその手つきにだった。背中を触った初心はどこかへ。二本の指が臍の上からハートの曲線をなぞって、手のひらが胸筋を掬った。はあ、と吐いた青年の息は熱く、クロールの息継ぎとの温度差を感じさせる。下から覗き込むようにされて、驚いた表情は隠せなかっただろう。
「痛くないんでしたっけ」
気圧されたなんて思いたくはないが、頷く以外の返答が思い浮かばなかった。
「色の違いであまり手触りは変わらないんですね。すごい、綺麗です」
「ああ、ありがとう……?」
遠慮しないと言った手は本当だった。反対の手も伸びて来てそちら側の線をたどる。曲線から鎖骨の窪みを越える線まで、両手の指で。肌が粟立つ。それが意味を持っているように感じたのは勘違いかと思ったのに、そのまま伸ばされた手はローの首にぶら下がるように力をかけた。今度はコビーの口がローの耳に寄せられる。
「ぼくは童貞でもないですし、ローさんだけがマイノリティだと思ったら大間違いですから」
「えっ」
何の反応もできず耳の下を吸われていた。汗だ。また汗を摂取されている。途端にどこにもなかった羞恥がわき上がってきて、思わずコビーの手を振りほどこうとして、それはできなかった。当たり前だ。趣味程度に鍛えたものと、全国区で活躍する筋肉では密度も強度も違う。がっちりと首をホールドされたまま、じゅうう、と唇で首を拭われた。
「っん、おい」
「さわっていいって言いました」
「それはさわってるって言わねぇ」
「さわってるんです、口で」
見たことのない男だと思った。ギャップが売りだって、黄色い声の中に幾度も聞いたがこんな類だとは聞いていない。それは、女を相手に発揮したことがなかったからか。
状況を整理しようとぐるぐる頭が働いている間にどんどん下におりてくる口はとうとう黒い線を食み、舌まで出して、蛞蝓を這わすようにゆっくり曲線を滑った。すべてローに見えるよう、顔を上向けたまま。怪物だと思った。引きずり出したいと思った水底のものは、起こしてはいけなかったのだ。跳ね上がる心拍はとっくに青年の舌を打っている。脱ぎ下ろしたスウェットを握りしめたまま、両足を踏ん張って倒れないようにするだけで精一杯で、そうしているとコビーの口が乳頭を捉えた。ばか、そこは違う。
「あっ」
言葉は変な音にしかならない。いつの間にか解放された首を振るが、前かがみが戻らない。後ろに逃げようと引いた上体はロッカーの扉を叩いた。咥えられた突起は首と同じように吸われ、そこに血液が集まってしまう。
「ちが、ぁ、そこ、刺青じゃねぇ」
「あ、本当ですね。すみません。でも刺青以外さわったらダメだって言われていないので」
なんという屁理屈。もう片方は刺青の入ったところと一緒くたに手の平で包まれていた。刺青はさわってもいいんでしたよね、なんて、誰だこれは。広い面で擦られて潰された乳首がやはり熱を持ち、痺れてどうしようもない。まずいと思ったときにはもう、足の間にコビーの大腿が挟まれていた。
「っう、まて、んぁ、まっ」
「ぼく、まわりが思ってるほど、いい子じゃないです。スポーツ選手だって人間なので。いつものトレーナーの方から、ローさんもぼくと同じだって、聞いたことがあったんです。最初はそんなつもりなかったけど、これはもうそういうことですよね。そういうことにしますね」
怒られると思っていたが、こっちが友人を怒る方だったようだ。人の性癖を言いふらしてんじゃねぇ。おれは見るだけにしてたからな。どこか責任転嫁したような腹立たしさを並べ立てて、それは意識を体から逸らそうとしているだけだと気づく。水をかくために鍛え上げられた大腿の筋肉が兆し始めたローの中心を乗せていた。
「慣れてんのかよっ……」
「ローさんほどじゃないと思います。どこまでそのつもりだったか知らないですけど、もうその気になってるみたいなので、いいですよね」
ちょっと揶揄うだけのつもりだった。だがそんなことを口にすれば火に油を注ぐ気がする。それくらいのことはわかった。コビーの目にもう水面はなかったから。話終えた口はすぐにまた乳首を嬲った。お互いにそのつもりならもういいか、と友人の顔を思い浮かべ、桃色の頭を抱いてやろうとしたがまだ腕に上衣が絡んだまま。もたもたと袖を抜く間も、刺青の横の突起は吸われ、舐められ、舌で抉られる。
「んん、まて、あっ、ぬぐ、ぬぐから、まって」
待ってくれるはずもない。口を離したかと思えば、それは左右の選手を交代しただけで、手のひらで擦られていた方を今度は含まれ、唾液でぬめる方を指で摘ままれる。プールサイドを歩いてスタート台に上り、ゴーグルを最適位置に、両腕を振るって、つま先と指先を合わせるスタート姿勢へ。染みついた仕草と同じ滑らかさでもって、ローの体は遊ばれていた。驚きと一緒にようやく腕から抜いたスウェットを捨てて、見たことしかなかった髪質を腕に抱いた。まだ濡れて塩素の匂いがする髪が指に絡む。耳を撫で、前髪を書き上げるように指を通してやると一層強く突起を吸われた。
「ぁあっ、う、そこばっか、すんっな、もういいから、そのつも、りでっ……いいから」
「よかったです」
「くそ、とんでもねぇの引っ掛けちまった」
「ほめてますか?」
どこまでも明るく前向きなのは性格か。ぼくも今フリーなので、とご丁寧に前置きして、何の躊躇もなくコビーはスウェットのゴムを引っ張った。
「はっ、とんだスキャンダルだな。草しか食ってねぇと思われてるエースが」
「ほめすぎです」
「ほめてねぇ。挿れんなよ、準備してねぇ」
「スキン持ってます?」
ロッカーの中にあるにはあった。つまみ食いの多い生活だ、ボディバッグにそれはいつも入れてある。だが答えなかったから持っていないと思ったのか、コビーは手を伸ばして、ローの背がもたれている隣の扉を開けた。軽くごそごそとやって戻ってきた手に、銀に光る包みが二つ。
「持ってんのかよ……」
「これで問題ないですね」
ないわけないだろう。迫る相手を間違えたと、練習が終わってからの自分の行動に後悔しきりだった。どうせ合意でするなら、場を改めてくれないだろうか。ちゃんと準備のできる場所とタイミングで。
また逃げようとした意識は服の上から揉まれた股間に戻される。びく、と驚いた腰がロッカーをがんと鳴らす。ギャップ萌えなどとっくに通り越して、もはや恐ろしいだけ。
「人の話を、聞かっ、ないって、あ、言われねぇ?」
「みんなぼくの話を聞きたがることの方が多いので、あまり」
舌打ちはおかしな吐息に変わる。ペースを握れない苛立ちは血流を伴ってペニスに溜まった。優しい手つきで撫でられて、体はもっとと続きを求める。背泳ぎも自由形も平泳ぎもこなす手は、ローに負けないくらい大きい。水をかく指が、布越しでは飽きたらず、ゆるいゴムのウエストを簡単に突破して、するりと下着の中へ忍んだ。
「ぁっ、ばか、ぁ、あ」
やられっぱなしは気に食わず、ローも手を伸ばしてコビーの足の間を撫でた。冷えた水着の中身は熱い、張り詰めている。自分と同じく男に欲情するのだと改めて知らされる。誰しもが可愛がる人間の、誰しもは知らない部分を見せつけられて、興奮が引き出される。ぴちりと閉じた水着を無理矢理下ろして取り出したものは立派に上を向いていた。浮き出した血管をたどって手で包む。顔と違って可愛らしいだなどと微塵も思わなかった。猛っている、同じように。
握ったものに腰を押し付けるようにするとローのボトムもずらして落とされた。生身になった二本の竿をまとめてコビーの手が擦る。上から包むようにローも手を添える。とぷ、と二つの口が涎を零し、青年が泳ぐときとは質感の違う水の音が、ぐちゃと響く。腰の位置を合わせるように曲げた膝が震えて、はぁと熱い息を吐くのを、ずっと、下から見つめられている。
「あ、あん、やべぇ、お前見すぎっ、あぅ」
「ローさんの顔、興奮します。ぼく、自分より大きい人、好みなんです」
それはローも同じはずだった。アメフト部や柔道部で時々寝る男はみなローより大柄だ。水泳部でも最初に観察していたのは大きな男ばかり。だけど捕まったのは小柄な魚。何もかもギャップだった。
ローさん持っててくださいねと言って、コビーはそこから手を離した。直に握りしめたコビーのペニスはおよそ魚のものではなかった。人間の、男。手の平が熱い、ぬめった幹が滑らないよう握り直すと自分のものも擦れる。
ぴりという音には気がつかなかったがコビーの指はスキンをはめていた。袋に溜まった潤滑剤をぬりたくって後ろを探りにくる。片方の足を上げてやると、腕に引っ掛けて持ち上げられた。
「力持ちだな」
「鍛えてあるので」
垂れた体液が伝っていたのも全部掬って、入り口をくぐられる。力の入り具合に合わせて指をすすめられる。童貞ではないと言ったのを実践で証明されて、ローは舌を打った。
「う……っ、あ、ゆっく、り」
「久しぶりですか?」
「そうっ、でも、ねぇ、けどっ……」
ここまですると思っていなかったから。そういうスイッチが入りきっていなかった。ふうふうと少しずつ息を吐いて、立った姿勢が異物を追い出そうとするのを宥める。最初に遠慮しないと言ったのはまだ有効なのか、痛みを与えはしないもののコビーの指は半ば強引に後孔を探った。たらりと流れ落ちる先走りが増えたのは、自分か青年か。一度奥まで侵入されたものをずるりと抜かれると、ぞわぞわと脊椎を何かが走る。スキンの中の指を増やして再び潜りこまれると、中でそれを広げられ、曲げた片膝だけで体を支えようとしていたローは姿勢を保つのが難しくなる。
「ま、まてっ、あ、うぅ、あ、ふっ、まてって」
「大丈夫ですよ、ぼく支えてますから、力抜いてください」
「んあっ、あ、くそ、準備し、てねぇって……言ったろっ」
「だから今しています。痛かったらやめますけど、痛くはないですよね」
ぎりと噛みしめた歯の間から熱く息が漏れた。二本の陰茎を握った手はそのまま、自分の竿よりコビーのそれにより指を絡ませる。反対の手は肩にまわした。背中は完全にロッカーに預けた。自分より年下の小さな男に支えてもらうのは癪だがほかに選択肢がない。親切に片足を上げてやったのが裏目に出ていた。
コビーは気をよくしたのかやわらかく笑んで、あいている手でローの頬を撫でた。まだふやけたままのでこぼこが肌に吸い付く。もう冷えていない、指先まであたたかい。思いのほか大きな手で包まれて、部員の前で惜しげなくさらされる顔を向けられて、つい緩んでしまうとその隙に中を抉られた。緩急のつけ方が巧みでぞっとする。怯んだのを落ち着かせるように優しく顔に添えられる手と、内臓を容赦なく暴く手。同じ人間のものとは思えず、どちらに懐いていいのかわからない。ペニスを慰める手がおざなりになって、するとそれを咎めるように、腫れた泣き所を捕まえられた。
「あぁあっ、まて、そこっ……ふ、んんんっ、まてって、あっ」
「ローさんのわかりやすくていいですね」
ふざけんじゃねぇ、とこれまでの男なら殴っていた。だが出会ってからこれまで練習や試合で見てきた姿と、今自分を抱こうと悪事を働く姿とにいまだ混乱しているのか圧されている。こんなはずではなかった。ではどんなはずだったのかと自分に問うが答えはもう。
きらめく水をかき分けて泳ぐ精悍な顔を、少し乱してみたいだけだった。恥ずかしがったり戸惑ったりで動く表情を見られるくらいで満足するはずだった。それがこんな、猛々しい姿を見せつけられて、弱いところを何度も押し込まれている。腰はびく、びく、と何度も跳ねていた。合わせた陰茎も擦れる。自ら擦りつけて腰を振っているように見えてまた舌打ちをしたがすぐに無様な声で上書きされた。閉じてもすぐに開く口から、涎が零れていた。鈴口と揃いで。
指を引き抜かれるとどっと力が抜けて、膝が崩れそうになるのを持ち上げられた方で引き上げられた。ひどい仕打ちだ。ローの方が重いはずなのに。もう添えるだけになっていた手を退けられて、コビーのものを取り返される。それがスキンで包まれるのをぼうっと眺めて、一本だけになったローのペニスに青年の手が伸びるのを止められない。根本からくびれまでを一度扱かれて、のけ反った。
視界から消えた下半身に熱が食い込む。挿入られるとわかってしまうとまた腹が立って、怪物の目をねめ付けた。
「こいよ、全部食ってやる」
「じゃあ遠慮なく」
もう一度笑った青年の顔は汗を滴らせたさわやかなスター選手のものだった。
「――ぁ、んんんっ、あぁっ――あ゛っ」
いつかバレてしまえと青年の性根を憎らしく思ったものの、下から体を開かれて吹き飛ばされる。気遣うような速さで、だが一度も止まらず全部収められてあっという間に満腹にされてしまった。
「痛くないですか?」
「……ねぇっ、けど、まて、」
「いいですよ、待ちます」
息を整えるローの背をとんとんと軽く叩いてその手はまた股座に戻ってしまった。怯んで萎えかけたものを優しく包まれ上下に擦られる。
「やっ、まぁ、それすんなってっ、あぁっ」
「待ってる間、暇なので」
生意気を抜かした口が近づく。互いをその気にした、刺青の側の突起の前で、大きく開いた口から覗く舌。やめろと首を振ったが流される。べろりと包まれた乳首に与えられた刺激はそのまま直腸の収縮に直結した。
「やめろって言っ、たぁ……っ」
「言いましたっけ」
「ばかが、くそっ、あん、あぁあっ、くそっ」
「新鮮ですね。ぼく、馬鹿とかクソとか言われたこと、あまりないです。ローさんしかそんなこと、言ってくれない」
そうだろうよ。淫らな色で埋め尽くされる頭がかろうじて憎まれ口を叩こうとするが声にはならない。かわりに睨むとますます嬉しそうな顔をするから余計に腹が立つ。担がれた足の踵で背中を一蹴りしてやると、それは青年の腰を進めることになって自分の腹を苦しめただけだった。
ペニスを撫でられ、乳首を嬲られ、青年にすがるしかなくローは惨めをさらした。だめだ、気持ちいい。こんな年下の男に、いいようにされるのが。
「ああ、あ、動け、動いていい、どうにかしろっ、いっ、っぺんに、全部やる、なっ」
言っていることがはちゃめちゃだ。だがコビーは何も言わずに股座で遊ばせていた手でローの腰を掴んだ。挿れたままにしていたものを軽く引き抜き、ぐっと奥へ突き入れる。はっ、と吐かれた息が乳首にかかって、青年も興奮しているのだとわかった。そうか、お互い様か。力を込めて内壁で雄を歓待してやると、コビーの喉が鳴って歯軋りの音がした。それだけで、怒りに傾いていたものが霧散して、気分がよくなる。可愛い。可愛いな。
さっきしたのと同じように頭を抱きしめると乳首をきつく吸われる。びりびりと走る痺れに声を上げながら、腰の動きは青年に合わせた。引いて、押して、浅く行われていた抽挿は次第に深さを増し、背中のロッカーをがんがん打ち鳴らす。
「ローさっ……」
「あっ、あ゛あんっ、お、くっ、つよい、つよっ…うあ」
「痛く、ないですかっ?せなかっ」
腰を掴んでいた手を扉と背の間に挟まれる。やることは強引だがコビーは終始気を遣ってくれているように思う。ふ、と頬が緩む。揺れるピンクの髪を鼻先で分けて、耳を食んだ。身長差のせいで首が痛むのは気にならなかった。
「気に、すんなっ、あ、いい、だいじょうっぶだ、きもちい、っあ、いいからっ」
「よかったです。ぼくもいいです」
「そっ、か、ああっあっ」
もう驚かなかった。こいつは優しい顔をすると優しくない動きをする。覚えてしまった。くぐもった金属の打つ音と、ぐちゃぐちゃに乱れた体の音と、鳴らすのは青年の律動。担がれた足も降ろしたままの膝もどちらも腑抜けていたが、迎え入れている胎にだけは力が込もって、おかしくて何度も締め付ける。上がる息を胸板に叩きつけながら、なおも青年は口を開いた
「セックスって、息継ぎの練習に、似てるんですけどっ」
喘ぐ声が邪魔であまり話が入ってこないがコビーは続ける。プールによって、その日によって、水が合う時と合わない時があるらしい。もちろん合う時が気持ちよく泳げるのだと。顔をあげると水がすぱりと切れて、次の距離を進む空気が取り込まれるのだと。
「ローさんの水は、合う」
意味はわからなかったが一際奥を突かれたことでローは息が詰まった。おれはお前のせいで息ができねぇ、とも言う暇が与えられない。返事ができないと伝えるかわりに「ばか」と言ってやると、またあの嬉しそうな顔をした。くる、と思ったらその通りで、担いだ足を抱え直し、コビーは一層深くまで腰を打った。自重も加わって予告どおり青年のものを全部含んだ胎内はうねってそれを咀嚼する。不格好な息継ぎは二つ。頭を抱きしめ髪に指を絡めるのとあわせて、中を引き絞ると、あろうことかコビーはローの乳首に噛みついた。
「ぁああ゛っばかっ、か、むなっ、あぁああ……っ」
「すみませっ……」
謝られながらまた噛まれてローの視界は白く弾けた。何本か髪を抜いたかもしれない。握りしめた拳は桃色の毛束を掴んだまま、手を解くこともできず絶頂に震えた。体の奥で膨れた熱が同じようにばくばく脈打つのを感じて、汗に蒸れた頭頂に深く息を吐いた。おさえ気味のメニューだった今日の練習よりも荒い呼吸のくせに、コビーはローの背中を守りきった手で、時折跳ねる背中をとんとんと宥めた。

「もう来ないなんて言わないでくださいね」
シャワーを浴びて服を着替えた青年はそう言った。どのみちローが来るのはまた次の課題シーズンだ。断るつもりでいたのは見透かされていた。
「もう来ねぇよ」
「最初に言いましたけど、ぼくも今、相手はいないので」
その辺のつまみ食いとコビーは違う。一度の気の迷いで済ませるべきだと思ったが、それは言わずにおくつもりでいた。基本的な人間性はいい奴なのだろうから、少しでも罪悪感なんか残すと厄介だと思った。
「また、ちょっかいかけに来てください」
「断る。ばれたら色々面倒だろ」
「あんなに積極的だったくせに」
「悪いな、一度食ったら満足なんだ」
荷物をまとめて、ひらりと手を振る。ローはスポーツ医学専攻ではない。水泳部に来ないという選択は簡単だ。元々縁のないはずの場所だった。
コビーは待ってと言いながら慌ててリュックを出してロッカーを閉める。サイドポケットからくしゃくしゃの紙切れを出して、ローの胸に押し付けた。
「痛めている肩に荷重をかけすぎた気がするので、責任取ってくださいね」
受け取る気のなかったローのデニムにそれを押し込みながら、部員には向けない顔をしてコビーは笑った。重かったんですよ実は、と言いながら、さっきまで担いでいたローの太腿をするりと撫でて、失礼します、と青年は頭を下げた。
先に帰るつもりだったのを完全に置き去りにされて、無理に立たせていた膝をローは折った。慣れてるじゃねぇか馬鹿野郎。ぶつける背中はもう遠い。

🥗スモ×ロ

「ダメな七武海だな、こんなことして」
一体どんな顔でそんなことを宣うのか。
だがその表情をまともに見ることはできない。今あの赤銅と目が合ったら出てしまう。女の胎に注ぐことを許されない濁流は、子をなせば乳になる血流がふんだんに巡る乳房に慰められ、尿道から噴いてしまえば喉を通って胃酸に焼かれる。
「ぐっ……う、あ、はな、せっ」
「いつ見ても立派なモンだな、あつい」
「ぁあ、あっ」
乳房と同じ白さの豊かな髪を揺らしてスモーカーは鼻を鳴らした。
「大丈夫だ、比べてないから」
当たり前だ、その辺の粗チンと比べられてたまるか。だがおれでない男が正当にこの女への挿入を認められているのだろうかと想像すると臍の下がなぜだか切なくなって、咥えさせられた女の指を食いしめた。ちがう、そっちじゃないだろう。
笑わない聖母は口と乳房で男根をあやしながら、人の直腸に埋めた長い指でこちらにしか存在しない性感帯を容赦なくいたぶる。視界が、曇る。男のおれより厚みのある舌が亀頭を包んで撫でまわす。
「や、めろ、うっ、でるっ、で、……」
「一丁前に。じゃあこっちは休憩だな」
ずる。ぬめりと共に後孔の指が引きぬかれ、途端に射精感が遠のいてしまう。今にも弾けそうだったのに。幾度かの共寝で躾けられた成果だった。そこだけの刺激では射精できないのに、やわらかな双丘を押し退けて赤い口腔の粘膜が根本までを収めてしまった。食べ物を啜るより汚い音を立てて、嚥下のときぐいと動くところまで亀頭を誘いながら幹を舌で扱かれる。睾丸が張り裂けそうで今にも押し出されそうなのに、蓋をされたように途中でせき止められる。
「ふ、うあっ、あ、ぁああ」
出せないと知っていて、やさしかった胸とは別人のように暴き立てようとする口腔。どうにかしてくれと腰ばかりが格好悪く前後に振れて、泣きそうなほど情けなかった。頬の粘膜に押し付けられた鈴口が口づけするようにはく、はく、と蠢いているのがわかってしまう。尾てい骨が重く痛んで思い切り突き上げたい衝動を必死にこらえた。
「たのっ、たのむから、も、だした…っ、ぁ!あー……」
カップに残ったラテの泡を啜るようにひと際長く吸い込まれ、閉じた瞼に光が散る。びく、びく、と二度震えたおれの腰を撫でて、スモーカーはようやく口を離した。
「だめ、これはおまえの口じゃないから」
膨れた唇の零した台詞に突き落とされ、まとめた三本の指に突き上げられる。安堵のため息は吐き出す間もなく鼻腔に戻り、声にならない淫靡な空気に変わった。
的確に前立腺を撃ち抜かれて喉が不格好な音を立てる。なりを潜めていた射精感がひといきに押し寄せて、陰嚢が引き攣れ、それは止めようもなく道を駆け上がってくる。
だめだと首を振るしかできないおれを真正面から両目で捉えて、スモーカーは鎖骨の中央をとんとんと指した。ここならと許されている。もうその手は幹を支えておらず、それでも勃ちつづけるペニスが的など絞れるはずもない。とっさに自分の手を出したのに、やわくそれを制止され、反対の手で内側から弱いところを抉られながら必死に腰を固定した。
「あっあっ、うー……だっ、でるでっ……るっ、あぁっ」
薄桃色の爪がさっき示した点を凝視して、そこにだけ、粗相をするなと骨盤を叱咤し、あとは中の腫れを押し込む指先に導かれるまま。白い肌を汚す白。乳房にも口の中にもゆるされず、その肌の表面にだけべとりと逐情した。
まだ指も抜かれないまま、反対の手でそれを塗り広げながら、女は見上げた。
「気持ちよかっただろ?」
「……っかった、けどだ」
「ほかの男が私に挿れる想像をしただろう。ここ、とても締まった」
言わないでほしい。涙が零れてしまわないように下を向かないおれの顎を伸びあがって舐め、スモーカーは満足そうにまた尻の中を探った。
「うあ」
「じゃあ続きな。こっちはまだ物足りなさそうだ」
「じゃあその妙な設定をやめろ」
「嫌だね。なかなかに楽しい、不倫ごっこ」
最悪だった。おれですらたまにしか許してもらえないのに。大きくて白くやわらかな、炊き立てご飯の蒸気のような女の体内に、だれかが日常的に入っているのかと想像しただけでぐちゃぐちゃの感情が体の制御を失わせる。これっぽっちも楽しくないのに、女はこれを続けると言っていそいそと服を脱ぎ始めていた。シーツの向こうに、女がつけるにせものの男根。いやだ、本当はおれが挿れたい。それでも手招きされるとのこのこ近寄ってしまって、またいいようにされるのだ。おれの女でないのに。
「そんな顔するなよ、坊ちゃん」
「くそ、その呼び方やめろ」
「おいで、悪い七武海さん」
顔を押し付けられたたっぷりの乳房の先の突起より、女の手が摘まんでいるおれの乳首の方が気持ちいいだなんて。さっきまで埋められていた腹が寂しいと疼くほどには、女の遊戯の。

もーそーわんしーん23/9/8

服を破り、内臓までをぶつりと刺す感触は手が覚えていた。だから、大丈夫だなんて、はじめからわかっていた。それなのに頭の中を警報が鳴り止まない。髪を頬を滝のように流れる雨で山が悲鳴をあげている。間もなくして、痕跡はすべて押し流されるだろう。何日も前からにらんでいた雨雲レーダー、付近の地図、道路情報、近隣の噂。全て上手くいった。
今世でも、おとなも法律も守ってくれない世界に生きる。前と何も変わらない。弟がそばにいる以外は。前世の血の悔いから解放されて、里から解放されて、それでもなお録でもない境遇に置かれたということは罰であり、兄弟手を取り合って生きなさいという仏の教えかとまで思った。構わない。どうせ産まれる前から人殺しだ。家業だったから。散々屠った鬼だって元は皆人間だった。
濡れた土、すえた体液、土砂降りで匂ってこないものが記憶の内側から鼻を刺す。喉の奥から濁流の気配がする。暗闇の沢に掛かる橋がみしみしと水圧に絶えている。もたないかもしれない。死体の上に夕飯を吐いた。弟は人殺しはやらないと言った。それならばと引き受けた俺を、車で待っている。だめだ。弟は俺を止めた。なぜ。生きるために絶つ命だ、前と同じ。なぜ弟はやらないと言った。もう、自分もやってはいけないのかもしれない。同じことなのに。
雷が降る。照らされた橋が、横から落ちた稲妻で割れた。木片がもみくちゃになって、岸壁を削りながら渦を膨らませ流れる。同じ雨に洗われた手を見ると、おとなの手だった。あの夜より一回りもふた回りも大きな。赤の他人の命を奪ることなどなんでもない予定だった。手を差し伸べない親戚、遠巻きの友だち、学校の先生、取るに足らない、コンビニの店員、板金屋の暴走族。それよりももっと、人生に関わることのない目の前の死体。
揺れる林は母の声のようだった。

走った。前世の夜より重い足がどすどすと無様な跡を泥に残す。俺はこんな人間だったのか。車を捨てて逃げなければ。鉄臭い手で扉を開ければ、さもわかっていた顔の弟がハンドルを握っているに違いなかった。

コビロ24×32

わざわざ眼鏡をかけてコビーはつぶさにペニスを観察した。
口淫をさせてほしい、年下の恋人にそう請われたとき、彼が正しく「フェラチオ」と言ったことにローは多少動揺した。よく考えれば年頃もすぎた、もはや青年なのだ、それくらい知っていておかしくはない。時々ローが実践してみせているのだから、なおさら。
八つも下のオトコが自分の身体に興味を持つのは喜ばしいこと。素直な笑みに挑発を乗せて、ローは青年を手招いた。
浅く腰かけ、開いた股の間に、桃色の頭が座り込む。失礼します、だなんて言って、カブトムシでも見るような目つきでボトムを開かれる。腰を上げてやると遠慮なく太ももまで、下着ごと。積極的でなによりだ。
期待でわずかに首をもたげた男の象徴を、コビーはそっと手に乗せた。
そして眼鏡をかけ、目線以外の動きを止めた。輪郭を撫でるようにゆっくりと時間をかけて、存在を確かめていた。
じっと見られるにつれ、ローの頭には一抹の不安と疑問が浮かび始めた。
はたして口淫はこういう手順であったか。
まだ見られている。意識がそこに留まると血液が溜まって、亀頭が丸みを増し、幹が力を持ち、青年の手の中で、どこに出しても恥ずかしくない、形よいペニスが育ち上がった。
「ローさんは本当にかっこいいですね」
手の平を離れて宙を向いた姿にコビーは語りかけ、根元にそっと手を添えた。かつての少年の面影を見せて。
「いただきます」
今、なんて?
濡れた唇が開いて健康的な歯並びが見えた途端、ローはこの承諾を激しく後悔した。壮絶な背徳が産毛をさか立てる。悲鳴を上げそうになった口を手で塞いだ。清廉潔白で一点の曇りもない海兵の中に、自分のものが。薄いピンク色をした口腔の粘膜がペニスを包む。じゅるり、と吸い込まれてちゅるちゅる啜られると泣いてしまいそうになった。
「まっ、まっ、てぅ、んんんっっ」
青年は正しくローがコビーを追い詰める手順に倣った。薄い舌で幹を扱かれる。眩暈がする。だめだ、出てしまう。このままでは、自分の出したものが、病を知らない内臓へ。下って行ってしまう。嫌だ嫌だと思うほどに背中が戦慄く。息を吸っているか吐いているかもわからず、ただ制止したくて目で訴えた。絡んだコバルトブルーはますます丸く開いて輝きを帯びた。透き通る青天にうつる浅ましい自分の顔。
恐れて引いた腰はいつの間にか掴まれていてどこにも行けない。透明な涎が竿をつたって会陰に流れていく。ああ拭いてやらなくちゃ。ぺっ、て、させなくては。
ひどく混乱していた。そのうちに青年の口はそれを咀嚼して飲み込むような動きをみせた。
「ひっ――――ぃ」
亀頭が揉まれて、先っぽから少し飛び出た気がする。舐めとられている。やめてくれ、やめて、きたない。精一杯首を横に振ると太腿をさすられた。泣く子を宥めるように。その手がするりと股座へもぐって、刹那、びりびりと背中が破れる衝撃が。
「あ……――――っ!」
膨れ上がった袋の下、やわくまるいところを少しの気遣いもなく押されていた。続けて、二度、三度。あわせてペニスが咽頭でもみくちゃにされる。ほとんど絶叫のような声を上げて、ローは青年に腰を差し出してしまった。ちかちかと視界に星がはじけ飛ぶ。
ただ腰かけていただけなのに、全速力で走ったようだった。ぜえぜえと肩を上下させているのは自分だけで、目の前の無邪気はとっくに浴びた熱量を飲み下してしまった。
「き、たねぇっ……」
「こんな味なんですね」
感心するな、覚えるな、そしてもう二度とやるな。ひとつも声にはならず、力の入らなくなった両足がさらに開かれる。眩暈がひどくなる。やめろ、よせ、抵抗のすべては務めを果たしたペニスとともに青年の口にまた飲み込まれてしまう。
「ぁあっ、や、もうやめ、っっやめろっ」
おかわりです、と咥えたままの声帯が震えて、ローは心底ぞっとした。青年にとってペニスはカブトムシの角でなく、しっかりと性器であった。

コビロ

何もかもが精錬されて心地よい、と思うほどには。いつの間にか抜け出せないところまで沈んで、なのに嫌な感じはない。他人の体液なぞと普段なら思うのに、さっきからずっと唾液を飲んでいる。若くて瑞々しい、性的な匂いの濃い。
「だい、じょうぶですか、ローさん」
「っう、はぁっ……気にするな、問題ねぇよ」
ぼたりと瞼の側に落ちる大粒の汗。桃色の髪の先に溜まる雫。頬骨を伝って耳へ滑り落ちるのをもったいないと。
真摯な眼差しは、ずっとローの乱れる様を焼き付けている。一コマも見落とさないよう。さらされている、すべて。男より年季の入った皮膚も、覗く歯茎も。鍛えていた体は誰の目に触れても申し分ないつもりでいたが、目の前の艶やかさに圧倒された。いつまでも蛹のままだと思っていたものが、とっくに殻を脱ぎ捨てて、おとなの姿で見下ろしている。
恥ずかしいと思うより、曲げられた関節の痛みが勝る。眉間の皺が取れそうにない。以前より大きく、たくましく育ったが目線はまだローを超えない海兵との挿入は自然、ローの体を丸めなければならなかった。
縮められた内臓をさらに押し上げられて、気道が詰まって、必死で息を継ぐところをまた塞がれる。いつもローからする方が多いのに、そんなにキスをするのが好きだったとはこうなってから知ったこと。
切れ間に呼ばれる名前、堪らない。繰り返し、何度も。答えられない、吸えなくて。
「ま、っ……っ、て、まっ」
小さな口をめいっぱい開いて啜られる。舌が、蛇のようにのたくるのを、巻いて絡めて、宥められない。誰しもが男に抱く爽やかな心象から程遠い、むき出しの強欲を、一身に受け止めるしかなかった。
髪をかき乱しても角度を変えられ、新たな蜜が垂らされる。痺れる舌の根を通って、喉へ、食道へ、やがて混じって一部になる。こちらが教えてやらねばと、そういうあれこれは暴れるつま先がもう昔に蹴とばしてしまった。
声にもできない発熱は、腹の中で唸りを上げる。薄く開いた目で様子を伺われ、見聞色など使わなくても察せられて、奥深く、何度も、侵入を許す。粘膜と粘膜がひたりとついて、擦れ、それは言いようのない焦りを生んだ。
「ん、ふっ……う、っ、ふ、んん、っ、ああ!」
捩じるように腰を押し付けるときだけ口を離すのは、このごろは確信犯なのだと思う。酸素を求めて開いた口はもう閉じられない。だらしなく、溢れる声を、楽しまれている。
「くそ、あっ、あ、うあ、とじ、とじろ、もっかい」
金魚のようにパクパクと、顔を突き出してももう与えられない。先ほどより起こした姿勢は動きやすく、かつて中将を追いかけて鍛錬した肢体が、力強く前後に律動する。翻弄されて、シーツを握るか、男の腕に爪を立てるか。
「ローさん、すご、い、ですっ」
「だま、れっ、んあぁ、よこせよ、あ、ばかっ」
「あとで、あとまた、あげますから」
「う、んぅ、ふっ、あぁ、っあ!」
広く遠く、有象無象の機微を詳細に拾い集めることができるくせ、この時ばかりはローの何をも聞き入れてくれないのだ。今、キスしてほしいのに。ただそれも、自分が許し続けてきたことが、男をそうさせたと自負している。
ああ、いつの間にか、誰も知らない聞かん坊。

7/16 牢に吊るされた虫は

 牢に吊るされた虫は嬲られた。本家に無断で侵入したという、折檻に値する正当な理由を得た親族どもは、あの夜から腹の底で沸いて膨らみ続けていた、ぶつける先のなかった衝動を噴き出させているようだった。たとえのろまで馬鹿だからといって、仕事でしくじっただとか、訓練中に指示を聞かなかっただとかの理由がない限り、常は折檻まで許されていない。
 父の命で行われたきょうだいの間引きは、父を盲信している派閥を燃え上がらせた。それでこそ長だ、これからの里は優れた者だけを残すべきだと、自分たちは何もしていないのにますますふんぞり返った。そうでもしなければ、次に粛清されるは己が身かもしれぬという恐怖から逃れられないのであろう。まったく、頭の中は誰も彼もが虫以下だった。
 ぶらり、ぶらりと揺れる体は衣服が破れてぶら下がり、北風に揺すられる蓑虫のようだった。噛み締めて赤黒く腫れた口から汚い息を吐くばかり。はじめは潰れた声をあげるのを面白がっていた従兄弟も飽きてしまった。親族たちが得物を床に放り投げる。ようやく静かになった牢の中、音もなく虫の側に寄った。
「拾った物を出せ」
 千切れかけの耳元で呟くと、虫は縮み上がった。吊るされているので正しくは縮めていないが腹の筋肉が引き絞れた様子が見て取れた。血の気の失せた顔がさらに白くなり、乾いた舌の根にひっかかった呼吸がぜいぜいと噴く。応答のないことに再燃しそうになった従兄弟たちを制し、右手で虫の後ろ襟に触れた。思った通り下手くそに縫い付けてある布を剥ぎ取る。ひっ、と息を飲むあたり修行が不足している。どうしても隠したい物は、いくつか偽の場所をつくるものだ。たとえ正しい所を当てられたとて、そうとわかるように身体を反応させてはならない。叔父や従兄弟は正しく虫を評価していたといえる。
 中から出てきたものは、細く短いこよりだった。それも、銀色に薄く輝く。手の平にぽとりぽとりと落ちたは四本。
「愚図には似合いの所業だな」
 よだれを溢れさせる口から奥歯がぶつかる音がした。歯は未だ抜かれていなかったらしい。一丁前にがちがちと歯を合わせ、明らかに虫は震えた。本当に忍としては落第なのだなと思った。兄さん以外の他人を批評する趣向はなかったが、侵入を気取られるあたりからしてそうだった。だからといって、それを良いとも悪いとも、断じるつもりも権利もないが。
 此奴は父を持ち上げている家の中でひとり、兄を慕う思想だったと思い当たる。あの人は、そうやって落第印を押された者を従えるのが上手だった。何の得にもならない有象無象たちを。下手に夢を見せて、結局何の役にも立たないことを突きつける羽目になって、それはかえって残酷ではないのか。兄さんがいなくなった今となって、それは顕著だ。
 目を寄せて見れば、こよりは集めた髪を細かく編んであるようであった。守り袋にでも入れるような。
「抜け忍の残り物を集めることは、反逆罪だと思うけど」
 それはただの事実だった。特別脅すつもりもなかった。だが、正しく罪悪だと感じていた虫は動いた。目の前に並べられていた、手の平の上のこよりに向かって顔を突き出し、醜く膨れた唇で吸い上げ、口内に入れたかと思うと飲み込んだ。咀嚼もせず。損ねた一本が、小さな音を立てて板間に落ちる。
 叔父と従兄弟は何が起きているのかわからない様子だった。この者どももいい加減なら間が抜けている。離れの床の木目の、ひとつひとつに意図せず打ち捨てられていた銀の髪が、虫の臓腑に。
 視界は燃え上がるようだったが、頭は冴えていた。火を、と言ったが誰も反応しない。あいにく夏だった。火鉢は始末されて納戸で静かにしている。叔父と従兄弟の顔に汗が流れていた。鍛えれば汗腺は閉じられるはずだ。真に里の奴らのどうでもいいこと。
 従兄弟のきょうだいの中でも一番幼い者に、台所から火を持って来させた。年嵩の者と違って何が起こるのか予想できない従順は、めらめらと燃える松明を差し出した。受け取って、よくできたな、と頭を撫でた。兄さんがしていたように。そしてはにかんだ顔の前で、虫の腹に火をくべた。ぎ、と声帯だか関節だかが鳴って、汗と血液の染みた上衣に炎のうつる、ちりちりとした音が。見開かれたまあるい眼が赤くぱちぱちと光る。綺麗だ。訓練がまだのお前は今から育てたら、優れた仕事ができるかもしれないね。
 殺した弟たちに向けていた兄さんの顔と、限りなく同じ表情をしている自覚があった。盗める技は盗む。そのうち長になるのだから。間引きで残った自分が。歯が浮くようで気持ちが悪かったが自制の範囲だった。開いたままの赤く幼い瞳の下に、汗が伝っていた。うしろで響いていた絶叫はアブラゼミに混ざってかえって静かに思えたが、ひたすらに臭かった。俺は唐突に理解した。里の思い残しごと、あれは今日死ぬ。父が追っ手をかけぬのも、そういうことなのかもしれない。
 興味深いと思った。あんなに燃え上がっていた父を崇拝者たちは、目の前で爆ぜる炎で鎮火していた。お前たちのゆく道は、同じ業火だというのに。
 落ちていた最後のこよりを拾って、肉の燃え盛るところへ投げ入れた。抜け落ち、息をしない細胞は、ひとつも音を立てることなく、瞬きの間に焦げて消えた。