スモロログ1 - 1/5

スモロワンドロワンライ「初めての」

だいすきスモーカー。おれのこと好きになって。

まただ。スモーカーは左の手で白い髪をかき乱しながら、もう片方の手で自分を見上げてくる顔を握りつぶした。めり込んだ金属が歪む不快な音が響く。この顔も台詞も正解じゃない。
スモーカーはいい加減、うんざりしていた。何度この顔を駄目にすればいいのだろう。わかっている。技術も情報も、圧倒的に足りない。
靴の先をころりとつついた珠を拾い上げる。最初ガラスで作った眼は思い描いていたような色味にはならなかった。蜂蜜のようにも、融かした金のようにも見えたあの眼球に近づけることには苦労した。今手の中にあるこれでさえ、そっくりそのまま同じとは言えない。眼だけではない。額の丸み、指の節、何もかもを同じ形にこしらえるのには気の遠くなるような時間がかかった。なにせ手がかりが自分の記憶と、カルテ開示で得た身体情報しかないのだから。
それだけの月日をかけている間に記憶は薄れていく。スモーカーは、覚えていられるうちにトラファルガー・ローをつくってしまいたかった。何度新しく生き始めても、置いてけぼりにされてしまうスモーカーは、これが何らかのプログラムされた巡り合わせであるならば、自分の手でそれを捻じ曲げてみることを試みた。
造形に関していえば、この頃はかなり正解に近いものが出来上がるようにはなってきたと思う。問題は中身だ。たましいを容れるには相当数の行動パターンが必要になる。計算はコンピューターがするとはいえ、より近いものを目指そうとするとデータは多いに越したことはない。だがその量が足りないのではと感じていた。何度も生きたせいでブレも生じている。育つ環境が変わることで、これは正解なのかと判断しかねる行動パターンが増えているように思っていた。ローと親しくしていた者たちから記憶にある行動パターンの提供を受けようともしてみたが叶わなかった。当然だと思う。スモーカーだって、自分しか持ちえない彼の記憶を差し出せと言われたら断るだろう。
足元にもうひとつ転がった目玉も拾って、机の上に並べて置いた。さっきはあまりに残念なキャラクターになってしまい、思わず壊してしまったが、資源は貴重だ。また使えそうなパーツは大事にしておかなければ。仮の体は頭部が半分ほど崩れただけで、首から下はふらつくこともなく二本の足でしゃんと立ったままだった。ボディバランスは悪くない。
スモーカーは椅子にかけてあった白いコートのホルダーから愛用の葉巻を取り出し、先をカットして火を付ける。煙を吸い込むと少しだけ落ち着きを取り戻した。室内に白い気体が馴染んでゆく。ローが好きだと言った香り。本来ならこの部屋は禁煙なのだが慰めに吸うくらいなら良いだろう。許可を得るべき相手は自分なのだし。
葉巻を咥えたまま、次のローにコードをつないだ。コンピュータの画面にいくつも窓が開かれ文字の羅列が流れ始める。はじき出されたいくつかの可能性のうち、どれを選択するかは賭けだ。今のところ負け続けている。それにしても、もういくつも選び取ったはずなのに可能性が減っていかないのはどうしてだろう。ルーレットのボールがウィールから転がり落ちる光景を思い浮かべながら、カジノでは捧げることのない祈りを胸に、選択した。

目を開けたローは用心深くまわりに視線を走らせていた。眉間に皺を寄せる仕草がスモーカーの期待値を上げる。ロー、と小さく呼ぶと琥珀がくるりとスモーカーの上から下までを注意深く観察した。
「俺のことはわかるか?」
「今記憶の中から探している」
「スモーカーだ。白猟と呼ばれたこともある」
「白猟、ここはお前の別荘か?」
「なぜそう思う?」
「わからない、今記憶の中から探している」
スモーカーは初めて手応えを感じた。元来、賭けには弱くないはずで、今までツキがまわっていなかっただけかもしれない。
「わからないことは聞いてくれ。俺がお前に記憶と行動パターンを入れた。たましいのようなものと言えるかもしれない」
「たましいは在るものだと?」
「お前が無神論者ならば言葉を改めよう」
「無神論者にもたましいを信じる者はいるが、俺は別の言葉を選ぶ。この体に命と心を入れたのはコラさんだ」
これは正解だろうか。これまでで最も近いような気はする。コラさんとは養父のことだろう。ローはその人に恩を感じていたし、幼い頃から共に過ごしてきた彼らは誰の目から見ても家族だった。だが、心を入れたとまで言うだろうか。次に続く言葉を見つけられないスモーカーを、ローがまっすぐ見つめている。
「お前の方こそ、俺についてわからないことがあるんじゃないか?」
「なぜそう思うんだ」
「不可解だという顔をしている」
「そんなことがわかるのか?」
「わかるようにプログラミングしたのはお前だろう」
そうだ。それなのに拭えない違和感がスモーカーを襲う。
「正直に言おう。俺にはお前が正解なのかわからない」
「俺が正解か不正解かを決めるのはお前じゃない」
「なんだって?」
「俺からすれば、スモーカーこそ不正解に見える」
「どういうことだ」
口の端に苛立ちがこもったのがわかった。ローはその薄い唇で美しい弧を描いて、記憶の中を探したんだが、と続ける。スモーカーが見たことのない、慈愛に満ちた顔だった。
「スモーカーは、俺に正解を求めない」
スモーカーは混乱した。この顔を見たことがないはずはない。ローとはいくつもの生を重ねてきた。記憶を探せ。目玉を頭の後ろにまわすような心持ちで過去へ過去へと思考を飛ばすスモーカーの視界には、ローが持ち上げた手はうつらなかった。
「白猟屋」
最後に聞こえたのは妙に耳に馴染む屋号だった。遠い昔、ローにそう呼ばれたことがあった。もしかしてこれは成功なのか。しかしそれなら、そのローが言う自分こそが不正解なのだろうか。スモーカーにはわからなかった。どれだけ記憶を遡っても答えが見つかる気はしなかった。

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