髪を、隠し持っていた。
たいした仕事もできないくせに、そういうところにだけ器用さを見せるような生まれの者はいる。
次期頭領が里を抜けてから、幾分か時がたっていた。凄惨な夜のことは誰もが恐れて口をつぐむ。里は静かに日常のはたらきを取り戻しつつあった。
子どもが減った屋敷はがらんと静かで、板間に大の字で寝転んでもなお床が余った。叔父どもの声が以前より聞こえるようになり、厳しく躾けられ、折檻を避けるために身を寄せて小さな声ですごしていたきょうだいを思い返し、やはりそこには子どもらしいさざめきがあったのだなと思った。
暮らしの中で血縁との距離が開けた分、外から来た者の気配はわかりやすかった。
兄さんがひとりになるときに、よく使っていた離れで這いつくばってごそごそと虫のようにその男は蠢いていた。頬を床板に擦り付け、片方の目をつぶって、部屋の隅の方を実にゆっくり動いていた。
アブラゼミがじんじんと鳴いていた。額からぽと、ぽと、と汗を落としながら拭いもせず、虫はいよいよ床を舐めるのではないかと思った。
開かれた方の目は血走って板と板の間、木目の溝までをひとつひとつ確かめているのだった。
あれは従兄弟に連なる班の者だったか。のろまで馬鹿だ、と叔父そっくりの顔で、いくらか年上の従兄弟が奴に石を投げていたことがある。父が長男の割に年上の従兄弟が多いのは、子作りにかなり慎重だったからと聞いた。有象無象では駄目だからだ。女を選び胎を選び、秀でた忍ができるように。
その目論みはある意味よく当たったといえる。兄さんは飛び抜けて優秀だったからだ。ひとりでやめておけばよかったものを、二人目、三人目と続けたのは同じ池でドジョウを多く捕ろうとしたのか、影武者を多数用意するためだったのか。池は途中でかえたから、影武者の意が正しいのかもしれない。
結果、大所帯になった影武者で命の取り合いをする羽目になった。父は長い棒でも持って池をかき混ぜている気にでもなっているのだろう。落ちぶれていく集合体の頭であるということは、わかっていてわかりたくないのかもしれない。
虫は通ったところに汗で跡を引きながらなお這った。木目を端から端まで睨んだ白目がぎょろりと開くと、懐紙を取り出した。震える指で何かつまみ、包み、仕舞った。ささくれて黒ずんだ脂まみれの人差し指についていたのは、細い銀。
やっとそこで俺は動いて、いかにも頭領然とした声で虫を捕えた。
03
2023.7
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