ぶちっ、と無情な音をさせて、小さな手が道端にはえていた綿毛のたんぽぽを引きちぎった。嬉しそうにふーっと吹くと、その髪の色に似たふわふわの胞子は風に乗って次の世代へと遺伝子を引き継ぐために飛んでいく。
だがそのほとんどは足元のアスファルトに落ちてしまってその存在の意味をなくしてしまう。
「うわぎ、きる!」
ぼうっと綿毛を眺めていたら赤い目が見上げてきて、小さな白い手が、俺の腕にかけていたお気に入りの上着を引っ張った。風が吹くとまだ肌寒い。
着せてやるために両手で肩の縫い目あたりをつかんで、左腕の方を大きめに広げると、子は右腕を伸ばしていた。ああごめん、と右腕の方を広げ直して袖を通す。服を着せるとき、靴下をはかせるとき、いつも始まりの左右が合わない。
3年前、子どもが生まれた。この世界であんなに探した兄さんだ。これは大昔に、あの、地に落ちて朽ちていく綿毛のように遺伝子の存在意義を踏みにじってきた報いなのか。
「父ちゃ。」
伸ばされた手を握るとやわらかい。自分の手を取らねば生きていけない小さいもの。きっとそんな簡単にはそばを離れていかない。
かつての俺たちにとって父というものは重く苦しく、捨ててしまいたいのにこびりついて離れない記憶だった。今なら兄さんの中に、いつの日か忘れてしまえるような凪いだ記憶の父を残すことができるのかもしれない。
喉がひりついて返事をしてあげられなかった代わりに、両手の脇に手を入れて抱き上げ、細い髪の匂いを吸い込んだ。
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