怒れよ、と思ったがそれも理不尽だなとローは思い直した。ぱちりと真ん丸に見開かれた目はプールサイドから見る水面と同じ。波打って青く輝く。桃色の髪から垂れる雫が床の素材に吸い込まれていく。
幼い頃から注目されるような選手は、まわりの期待を一身に背負って育ち、人前で話す機会も多いからか、良き人間であろうとする傾向にあるという話を聞いたことがある。人間のいいところばかりを集めたようなこの青年を見ていればその説もあながちではないと思えてくる。
ローさんは泳がないんですか、という質問には嘘偽りなく返した。
「泳げねぇんだ」
カナヅチ。子どもの頃からこれだけは苦手だった。50メートル走も走り幅跳びもクラスで一番か二番だったが泳げなかった。水に入ると体の動かし方がわからなくなるのだ。ではなぜ水泳部なんぞのトレーナーだかマネージャーだかをやっているのかと問われたから、それにも素直に返した。
「好みの男を観察するため」
ゴーグルを取り去る仕草で動く上腕の筋肉もほれぼれする形をしていた。盛り上がる僧帽筋、ボコボコと隆起しながら腰へ向かって引き締まっていく広背筋、だが逞しい首の上に乗るその顔は、国内でトップスリーに入るタイムを叩き出すとは思えぬような可愛らしさだ。ファンだという女性も多くがその泳ぎの力強さと見た目のギャップをよく口にしていることから、決してローの色眼鏡というわけでもない。
スポーツ医学を志す友人はローの性的指向を把握していた。水泳部の裏方を担っていた男は課題の〆切に対応しきれず、たびたび助っ人としてローを呼んだ。好んで体育会系の男とふらふら寝ていることまで知っていて、見るだけにしろとは酷な奴だ。だから揶揄うくらいは許されるだろうというのが、コビーの質問に正直に答えた理由だった。時々ふらりと一定の期間だけやってくるスタッフのことなど覚えていないだろうとも思っていた。
「好みって、好みですか」
「そのままだ」
「えー……っと」
「別に隠しているわけでないから構わない」
答えに困る様子はローの好奇心を満たした。インカレでの故障後、復帰途中であるコビーは肩の動きを客観的な視点で聞かせてほしいとローを更衣室まで同行させた。トレーナーのロッカーも同室であるので。
「そ、そうですか。それで、あの」
自分で聞いておいておかしな挙動を取るのは失礼だという自覚があるのだろう。必死に取り繕おうとする姿だけでローには十分。
「体の動きだったか。夏休み前に見たときより、やはり左肩を庇っているように見える。練習のしすぎだとは聞いているが、ちゃんと休んだのか?」
本題に戻してやるとコビーはあからさまにほっとした。かわいいな。元々コビー目当てだったわけじゃない。同学年で所属している奴に体の形が好ましいのがいたのだ。だが泳ぎを見せられてからは青年しか目に入らなくなった。魚みたいに水を跳ねる桃色の髪を見るために今はここに来ている。
「指示された通りに休みましたけど……」
「ジムも行ってねぇだろうな」
嘘が下手そうだという予想は当たっていた。脚ならいいかと思ってとか肩は使わないと思ってとか言って、多少のトレーニングはしていたようだ。
「炎症を起こしていたのは肩の、後ろ側」
コビーに背を向ける。撥水加工のされたスウェットのファスナーをおろして片方の肩をさらし、この辺り、と指してやる。だがコビーはそこよりもサイドにいれてある刺青に目がいったようだった。その目線は背中にも注がれる。真ん中に大きな墨の顔がある。
「刺青ですか……?」
「ん?ああ。だからプールには入れねぇの。まぁ、泳げねぇから抵抗なく入れたんだが」
反対側の肩も出して腰までスウェットをおろしてやるとため息が聞こえた。ローより頭ひとつ分背の低いコビーの目線は背中の刺青を撃ち抜く。
「ローさん、ぼくより背も高いし体格いいから、ずっとプールサイドに立ってるのもったいないなって、泳がないのかなって思ってたんです」
く、と笑って肩甲骨を寄せてみせると瞳の水面に興味が浮かんだ。背中に刻んだ顔が笑うように見えると、ローは知っていた。
「痛くないんですか?」
「今はな。さわるか?」
「えっ」
「さわらせてほしいって、よく言われるから」
見るだけにしろとは言われたが、さわられる分には構うまい。この青年ほどではないが、さわりたいと思えるほどには鍛えてあった。いいんですか、と水でふやけた手が上がるのを視界に入れて、肯定を示すために背をさらしたまま腕をおろした。
タオルか何かが当たったような、ほとんど面積のないやわらかな接触。だが冷たい。皮膚の感覚が色のあるところとないところで微妙に異なるから、線の上を触られたのだとはわかる。ほんの少し両肩を前に入れて、そうすると遠慮がちな指の腹に肌を押し付けるようになる。怯えたように一度震えた手はだとだとしく線をなぞった。なにもないところと、人工的な色の上を交互に。おもしろがってやっていることだが肌をさらす行為は汗をうむ。首の後ろ、生え際から一筋、つるりと下っていくのがわかる。やめ時だ。
あ、という声がローの背をびたりと這った。指と違う熱さ、ぬめる接触。
「んっ」
予想をはずれた感触に鼻にひっかかった声がもれる。
「すみません!」
慌てて離れた顔を振り返ると手の甲で口を覆っていた。頬も額も真っ赤にして、青かった目を白黒させている。舐められた、とはその様子で知らしめられた。なんだ、俗物じみたところもあるんだなとローは愉快になる。向きを変えてロッカーに背を預ける。脱ぎかけていた服はもう前側も開ききっていた。背中より大きく、ハートを刻む生身。息を飲む有望な未来。
「こっちもさわるか?」
見上げてくる瞳は揺れていた。プールサイド、揺れる水、冷えた底に熱が隠れている。引きずり出したい。自覚があるかどうかなんて、どうでもよかった。どうせ忘れる。
「ローさんはその、付き合っておられる方……とか」
「いねぇ。それにこのくらい、どっちだっていいだろ。ああ、気持ち悪いか?」
「そんなことありません。その、医学部の人ってもっと……」
「ひょろいと思ってた?」
「すみません、ローさん綺麗に筋肉がついていて、その、何か他にスポーツやっておられるんですか?」
「走るくらいはしているが、今は忙しいからな、どこの部にも入ってねぇよ」
重ねて、さわる?と聞いてやると顔はさらに赤みを増した。胸骨の真ん中でローの化身が青年を見下ろし挑発している。
ロッカーから背を離し屈んで、茹でた蛸みたいな耳元に口を寄せた。
「よく言われるんだ、さわってみたいって」
たぶん後で怒られる、という範疇に入ったとはわかっていた。だが水泳部のエースと二人きりなんて今後ないだろう。そうとすれば最大限に満足を得て、あとは助っ人を引き受けなければいいだけだった。ローはコビーの手を取った。
「ローさんぼくのこと揶揄ってますよね」
「そうだが?」
「いいんですね、さわって」
「いいって言ってる」
「じゃあ遠慮なく、失礼します」
あっ、と思ったのはその手つきにだった。背中を触った初心はどこかへ。二本の指が臍の上からハートの曲線をなぞって、手のひらが胸筋を掬った。はあ、と吐いた青年の息は熱く、クロールの息継ぎとの温度差を感じさせる。下から覗き込むようにされて、驚いた表情は隠せなかっただろう。
「痛くないんでしたっけ」
気圧されたなんて思いたくはないが、頷く以外の返答が思い浮かばなかった。
「色の違いであまり手触りは変わらないんですね。すごい、綺麗です」
「ああ、ありがとう……?」
遠慮しないと言った手は本当だった。反対の手も伸びて来てそちら側の線をたどる。曲線から鎖骨の窪みを越える線まで、両手の指で。肌が粟立つ。それが意味を持っているように感じたのは勘違いかと思ったのに、そのまま伸ばされた手はローの首にぶら下がるように力をかけた。今度はコビーの口がローの耳に寄せられる。
「ぼくは童貞でもないですし、ローさんだけがマイノリティだと思ったら大間違いですから」
「えっ」
何の反応もできず耳の下を吸われていた。汗だ。また汗を摂取されている。途端にどこにもなかった羞恥がわき上がってきて、思わずコビーの手を振りほどこうとして、それはできなかった。当たり前だ。趣味程度に鍛えたものと、全国区で活躍する筋肉では密度も強度も違う。がっちりと首をホールドされたまま、じゅうう、と唇で首を拭われた。
「っん、おい」
「さわっていいって言いました」
「それはさわってるって言わねぇ」
「さわってるんです、口で」
見たことのない男だと思った。ギャップが売りだって、黄色い声の中に幾度も聞いたがこんな類だとは聞いていない。それは、女を相手に発揮したことがなかったからか。
状況を整理しようとぐるぐる頭が働いている間にどんどん下におりてくる口はとうとう黒い線を食み、舌まで出して、蛞蝓を這わすようにゆっくり曲線を滑った。すべてローに見えるよう、顔を上向けたまま。怪物だと思った。引きずり出したいと思った水底のものは、起こしてはいけなかったのだ。跳ね上がる心拍はとっくに青年の舌を打っている。脱ぎ下ろしたスウェットを握りしめたまま、両足を踏ん張って倒れないようにするだけで精一杯で、そうしているとコビーの口が乳頭を捉えた。ばか、そこは違う。
「あっ」
言葉は変な音にしかならない。いつの間にか解放された首を振るが、前かがみが戻らない。後ろに逃げようと引いた上体はロッカーの扉を叩いた。咥えられた突起は首と同じように吸われ、そこに血液が集まってしまう。
「ちが、ぁ、そこ、刺青じゃねぇ」
「あ、本当ですね。すみません。でも刺青以外さわったらダメだって言われていないので」
なんという屁理屈。もう片方は刺青の入ったところと一緒くたに手の平で包まれていた。刺青はさわってもいいんでしたよね、なんて、誰だこれは。広い面で擦られて潰された乳首がやはり熱を持ち、痺れてどうしようもない。まずいと思ったときにはもう、足の間にコビーの大腿が挟まれていた。
「っう、まて、んぁ、まっ」
「ぼく、まわりが思ってるほど、いい子じゃないです。スポーツ選手だって人間なので。いつものトレーナーの方から、ローさんもぼくと同じだって、聞いたことがあったんです。最初はそんなつもりなかったけど、これはもうそういうことですよね。そういうことにしますね」
怒られると思っていたが、こっちが友人を怒る方だったようだ。人の性癖を言いふらしてんじゃねぇ。おれは見るだけにしてたからな。どこか責任転嫁したような腹立たしさを並べ立てて、それは意識を体から逸らそうとしているだけだと気づく。水をかくために鍛え上げられた大腿の筋肉が兆し始めたローの中心を乗せていた。
「慣れてんのかよっ……」
「ローさんほどじゃないと思います。どこまでそのつもりだったか知らないですけど、もうその気になってるみたいなので、いいですよね」
ちょっと揶揄うだけのつもりだった。だがそんなことを口にすれば火に油を注ぐ気がする。それくらいのことはわかった。コビーの目にもう水面はなかったから。話終えた口はすぐにまた乳首を嬲った。お互いにそのつもりならもういいか、と友人の顔を思い浮かべ、桃色の頭を抱いてやろうとしたがまだ腕に上衣が絡んだまま。もたもたと袖を抜く間も、刺青の横の突起は吸われ、舐められ、舌で抉られる。
「んん、まて、あっ、ぬぐ、ぬぐから、まって」
待ってくれるはずもない。口を離したかと思えば、それは左右の選手を交代しただけで、手のひらで擦られていた方を今度は含まれ、唾液でぬめる方を指で摘ままれる。プールサイドを歩いてスタート台に上り、ゴーグルを最適位置に、両腕を振るって、つま先と指先を合わせるスタート姿勢へ。染みついた仕草と同じ滑らかさでもって、ローの体は遊ばれていた。驚きと一緒にようやく腕から抜いたスウェットを捨てて、見たことしかなかった髪質を腕に抱いた。まだ濡れて塩素の匂いがする髪が指に絡む。耳を撫で、前髪を書き上げるように指を通してやると一層強く突起を吸われた。
「ぁあっ、う、そこばっか、すんっな、もういいから、そのつも、りでっ……いいから」
「よかったです」
「くそ、とんでもねぇの引っ掛けちまった」
「ほめてますか?」
どこまでも明るく前向きなのは性格か。ぼくも今フリーなので、とご丁寧に前置きして、何の躊躇もなくコビーはスウェットのゴムを引っ張った。
「はっ、とんだスキャンダルだな。草しか食ってねぇと思われてるエースが」
「ほめすぎです」
「ほめてねぇ。挿れんなよ、準備してねぇ」
「スキン持ってます?」
ロッカーの中にあるにはあった。つまみ食いの多い生活だ、ボディバッグにそれはいつも入れてある。だが答えなかったから持っていないと思ったのか、コビーは手を伸ばして、ローの背がもたれている隣の扉を開けた。軽くごそごそとやって戻ってきた手に、銀に光る包みが二つ。
「持ってんのかよ……」
「これで問題ないですね」
ないわけないだろう。迫る相手を間違えたと、練習が終わってからの自分の行動に後悔しきりだった。どうせ合意でするなら、場を改めてくれないだろうか。ちゃんと準備のできる場所とタイミングで。
また逃げようとした意識は服の上から揉まれた股間に戻される。びく、と驚いた腰がロッカーをがんと鳴らす。ギャップ萌えなどとっくに通り越して、もはや恐ろしいだけ。
「人の話を、聞かっ、ないって、あ、言われねぇ?」
「みんなぼくの話を聞きたがることの方が多いので、あまり」
舌打ちはおかしな吐息に変わる。ペースを握れない苛立ちは血流を伴ってペニスに溜まった。優しい手つきで撫でられて、体はもっとと続きを求める。背泳ぎも自由形も平泳ぎもこなす手は、ローに負けないくらい大きい。水をかく指が、布越しでは飽きたらず、ゆるいゴムのウエストを簡単に突破して、するりと下着の中へ忍んだ。
「ぁっ、ばか、ぁ、あ」
やられっぱなしは気に食わず、ローも手を伸ばしてコビーの足の間を撫でた。冷えた水着の中身は熱い、張り詰めている。自分と同じく男に欲情するのだと改めて知らされる。誰しもが可愛がる人間の、誰しもは知らない部分を見せつけられて、興奮が引き出される。ぴちりと閉じた水着を無理矢理下ろして取り出したものは立派に上を向いていた。浮き出した血管をたどって手で包む。顔と違って可愛らしいだなどと微塵も思わなかった。猛っている、同じように。
握ったものに腰を押し付けるようにするとローのボトムもずらして落とされた。生身になった二本の竿をまとめてコビーの手が擦る。上から包むようにローも手を添える。とぷ、と二つの口が涎を零し、青年が泳ぐときとは質感の違う水の音が、ぐちゃと響く。腰の位置を合わせるように曲げた膝が震えて、はぁと熱い息を吐くのを、ずっと、下から見つめられている。
「あ、あん、やべぇ、お前見すぎっ、あぅ」
「ローさんの顔、興奮します。ぼく、自分より大きい人、好みなんです」
それはローも同じはずだった。アメフト部や柔道部で時々寝る男はみなローより大柄だ。水泳部でも最初に観察していたのは大きな男ばかり。だけど捕まったのは小柄な魚。何もかもギャップだった。
ローさん持っててくださいねと言って、コビーはそこから手を離した。直に握りしめたコビーのペニスはおよそ魚のものではなかった。人間の、男。手の平が熱い、ぬめった幹が滑らないよう握り直すと自分のものも擦れる。
ぴりという音には気がつかなかったがコビーの指はスキンをはめていた。袋に溜まった潤滑剤をぬりたくって後ろを探りにくる。片方の足を上げてやると、腕に引っ掛けて持ち上げられた。
「力持ちだな」
「鍛えてあるので」
垂れた体液が伝っていたのも全部掬って、入り口をくぐられる。力の入り具合に合わせて指をすすめられる。童貞ではないと言ったのを実践で証明されて、ローは舌を打った。
「う……っ、あ、ゆっく、り」
「久しぶりですか?」
「そうっ、でも、ねぇ、けどっ……」
ここまですると思っていなかったから。そういうスイッチが入りきっていなかった。ふうふうと少しずつ息を吐いて、立った姿勢が異物を追い出そうとするのを宥める。最初に遠慮しないと言ったのはまだ有効なのか、痛みを与えはしないもののコビーの指は半ば強引に後孔を探った。たらりと流れ落ちる先走りが増えたのは、自分か青年か。一度奥まで侵入されたものをずるりと抜かれると、ぞわぞわと脊椎を何かが走る。スキンの中の指を増やして再び潜りこまれると、中でそれを広げられ、曲げた片膝だけで体を支えようとしていたローは姿勢を保つのが難しくなる。
「ま、まてっ、あ、うぅ、あ、ふっ、まてって」
「大丈夫ですよ、ぼく支えてますから、力抜いてください」
「んあっ、あ、くそ、準備し、てねぇって……言ったろっ」
「だから今しています。痛かったらやめますけど、痛くはないですよね」
ぎりと噛みしめた歯の間から熱く息が漏れた。二本の陰茎を握った手はそのまま、自分の竿よりコビーのそれにより指を絡ませる。反対の手は肩にまわした。背中は完全にロッカーに預けた。自分より年下の小さな男に支えてもらうのは癪だがほかに選択肢がない。親切に片足を上げてやったのが裏目に出ていた。
コビーは気をよくしたのかやわらかく笑んで、あいている手でローの頬を撫でた。まだふやけたままのでこぼこが肌に吸い付く。もう冷えていない、指先まであたたかい。思いのほか大きな手で包まれて、部員の前で惜しげなくさらされる顔を向けられて、つい緩んでしまうとその隙に中を抉られた。緩急のつけ方が巧みでぞっとする。怯んだのを落ち着かせるように優しく顔に添えられる手と、内臓を容赦なく暴く手。同じ人間のものとは思えず、どちらに懐いていいのかわからない。ペニスを慰める手がおざなりになって、するとそれを咎めるように、腫れた泣き所を捕まえられた。
「あぁあっ、まて、そこっ……ふ、んんんっ、まてって、あっ」
「ローさんのわかりやすくていいですね」
ふざけんじゃねぇ、とこれまでの男なら殴っていた。だが出会ってからこれまで練習や試合で見てきた姿と、今自分を抱こうと悪事を働く姿とにいまだ混乱しているのか圧されている。こんなはずではなかった。ではどんなはずだったのかと自分に問うが答えはもう。
きらめく水をかき分けて泳ぐ精悍な顔を、少し乱してみたいだけだった。恥ずかしがったり戸惑ったりで動く表情を見られるくらいで満足するはずだった。それがこんな、猛々しい姿を見せつけられて、弱いところを何度も押し込まれている。腰はびく、びく、と何度も跳ねていた。合わせた陰茎も擦れる。自ら擦りつけて腰を振っているように見えてまた舌打ちをしたがすぐに無様な声で上書きされた。閉じてもすぐに開く口から、涎が零れていた。鈴口と揃いで。
指を引き抜かれるとどっと力が抜けて、膝が崩れそうになるのを持ち上げられた方で引き上げられた。ひどい仕打ちだ。ローの方が重いはずなのに。もう添えるだけになっていた手を退けられて、コビーのものを取り返される。それがスキンで包まれるのをぼうっと眺めて、一本だけになったローのペニスに青年の手が伸びるのを止められない。根本からくびれまでを一度扱かれて、のけ反った。
視界から消えた下半身に熱が食い込む。挿入られるとわかってしまうとまた腹が立って、怪物の目をねめ付けた。
「こいよ、全部食ってやる」
「じゃあ遠慮なく」
もう一度笑った青年の顔は汗を滴らせたさわやかなスター選手のものだった。
「――ぁ、んんんっ、あぁっ――あ゛っ」
いつかバレてしまえと青年の性根を憎らしく思ったものの、下から体を開かれて吹き飛ばされる。気遣うような速さで、だが一度も止まらず全部収められてあっという間に満腹にされてしまった。
「痛くないですか?」
「……ねぇっ、けど、まて、」
「いいですよ、待ちます」
息を整えるローの背をとんとんと軽く叩いてその手はまた股座に戻ってしまった。怯んで萎えかけたものを優しく包まれ上下に擦られる。
「やっ、まぁ、それすんなってっ、あぁっ」
「待ってる間、暇なので」
生意気を抜かした口が近づく。互いをその気にした、刺青の側の突起の前で、大きく開いた口から覗く舌。やめろと首を振ったが流される。べろりと包まれた乳首に与えられた刺激はそのまま直腸の収縮に直結した。
「やめろって言っ、たぁ……っ」
「言いましたっけ」
「ばかが、くそっ、あん、あぁあっ、くそっ」
「新鮮ですね。ぼく、馬鹿とかクソとか言われたこと、あまりないです。ローさんしかそんなこと、言ってくれない」
そうだろうよ。淫らな色で埋め尽くされる頭がかろうじて憎まれ口を叩こうとするが声にはならない。かわりに睨むとますます嬉しそうな顔をするから余計に腹が立つ。担がれた足の踵で背中を一蹴りしてやると、それは青年の腰を進めることになって自分の腹を苦しめただけだった。
ペニスを撫でられ、乳首を嬲られ、青年にすがるしかなくローは惨めをさらした。だめだ、気持ちいい。こんな年下の男に、いいようにされるのが。
「ああ、あ、動け、動いていい、どうにかしろっ、いっ、っぺんに、全部やる、なっ」
言っていることがはちゃめちゃだ。だがコビーは何も言わずに股座で遊ばせていた手でローの腰を掴んだ。挿れたままにしていたものを軽く引き抜き、ぐっと奥へ突き入れる。はっ、と吐かれた息が乳首にかかって、青年も興奮しているのだとわかった。そうか、お互い様か。力を込めて内壁で雄を歓待してやると、コビーの喉が鳴って歯軋りの音がした。それだけで、怒りに傾いていたものが霧散して、気分がよくなる。可愛い。可愛いな。
さっきしたのと同じように頭を抱きしめると乳首をきつく吸われる。びりびりと走る痺れに声を上げながら、腰の動きは青年に合わせた。引いて、押して、浅く行われていた抽挿は次第に深さを増し、背中のロッカーをがんがん打ち鳴らす。
「ローさっ……」
「あっ、あ゛あんっ、お、くっ、つよい、つよっ…うあ」
「痛く、ないですかっ?せなかっ」
腰を掴んでいた手を扉と背の間に挟まれる。やることは強引だがコビーは終始気を遣ってくれているように思う。ふ、と頬が緩む。揺れるピンクの髪を鼻先で分けて、耳を食んだ。身長差のせいで首が痛むのは気にならなかった。
「気に、すんなっ、あ、いい、だいじょうっぶだ、きもちい、っあ、いいからっ」
「よかったです。ぼくもいいです」
「そっ、か、ああっあっ」
もう驚かなかった。こいつは優しい顔をすると優しくない動きをする。覚えてしまった。くぐもった金属の打つ音と、ぐちゃぐちゃに乱れた体の音と、鳴らすのは青年の律動。担がれた足も降ろしたままの膝もどちらも腑抜けていたが、迎え入れている胎にだけは力が込もって、おかしくて何度も締め付ける。上がる息を胸板に叩きつけながら、なおも青年は口を開いた
「セックスって、息継ぎの練習に、似てるんですけどっ」
喘ぐ声が邪魔であまり話が入ってこないがコビーは続ける。プールによって、その日によって、水が合う時と合わない時があるらしい。もちろん合う時が気持ちよく泳げるのだと。顔をあげると水がすぱりと切れて、次の距離を進む空気が取り込まれるのだと。
「ローさんの水は、合う」
意味はわからなかったが一際奥を突かれたことでローは息が詰まった。おれはお前のせいで息ができねぇ、とも言う暇が与えられない。返事ができないと伝えるかわりに「ばか」と言ってやると、またあの嬉しそうな顔をした。くる、と思ったらその通りで、担いだ足を抱え直し、コビーは一層深くまで腰を打った。自重も加わって予告どおり青年のものを全部含んだ胎内はうねってそれを咀嚼する。不格好な息継ぎは二つ。頭を抱きしめ髪に指を絡めるのとあわせて、中を引き絞ると、あろうことかコビーはローの乳首に噛みついた。
「ぁああ゛っばかっ、か、むなっ、あぁああ……っ」
「すみませっ……」
謝られながらまた噛まれてローの視界は白く弾けた。何本か髪を抜いたかもしれない。握りしめた拳は桃色の毛束を掴んだまま、手を解くこともできず絶頂に震えた。体の奥で膨れた熱が同じようにばくばく脈打つのを感じて、汗に蒸れた頭頂に深く息を吐いた。おさえ気味のメニューだった今日の練習よりも荒い呼吸のくせに、コビーはローの背中を守りきった手で、時折跳ねる背中をとんとんと宥めた。
「もう来ないなんて言わないでくださいね」
シャワーを浴びて服を着替えた青年はそう言った。どのみちローが来るのはまた次の課題シーズンだ。断るつもりでいたのは見透かされていた。
「もう来ねぇよ」
「最初に言いましたけど、ぼくも今、相手はいないので」
その辺のつまみ食いとコビーは違う。一度の気の迷いで済ませるべきだと思ったが、それは言わずにおくつもりでいた。基本的な人間性はいい奴なのだろうから、少しでも罪悪感なんか残すと厄介だと思った。
「また、ちょっかいかけに来てください」
「断る。ばれたら色々面倒だろ」
「あんなに積極的だったくせに」
「悪いな、一度食ったら満足なんだ」
荷物をまとめて、ひらりと手を振る。ローはスポーツ医学専攻ではない。水泳部に来ないという選択は簡単だ。元々縁のないはずの場所だった。
コビーは待ってと言いながら慌ててリュックを出してロッカーを閉める。サイドポケットからくしゃくしゃの紙切れを出して、ローの胸に押し付けた。
「痛めている肩に荷重をかけすぎた気がするので、責任取ってくださいね」
受け取る気のなかったローのデニムにそれを押し込みながら、部員には向けない顔をしてコビーは笑った。重かったんですよ実は、と言いながら、さっきまで担いでいたローの太腿をするりと撫でて、失礼します、と青年は頭を下げた。
先に帰るつもりだったのを完全に置き去りにされて、無理に立たせていた膝をローは折った。慣れてるじゃねぇか馬鹿野郎。ぶつける背中はもう遠い。
うよさんへ
めちゃくちゃ良かったです〜!
色気むんむんの年上お兄さんに喰われちゃうかと思いきやコビくんの方が一枚上手なの最高でした!
やり手のコビくん似合いますね!総攻めの気配がします
個人的に水泳とセックスを比べる表現がとても好きで、息継ぎのくだりやろーくんを水に例えるコビくん最高でした
会話もお互いに食い物にしてる感じで、甘々も好きではあるんですがこう言うサバサバしたやり取り大好きなので読めて良かったです
素敵な作品をありがとうございました!
しぐさん
読んでいただきありがとうございます!
コビくんは純粋培養ド天然総攻めだと信じているので…
おねショタ下剋上、悪意なくひっくり返されるろーくんがかなり癖です。
競技のことを思い浮かべながら抱かれてしまったのできっと次からろーくんは大変です。
会話も楽しんでいただけて、嬉しい限りです。
こちらこそ、ありがとうございました!