牢に吊るされた虫は嬲られた。本家に無断で侵入したという、折檻に値する正当な理由を得た親族どもは、あの夜から腹の底で沸いて膨らみ続けていた、ぶつける先のなかった衝動を噴き出させているようだった。たとえのろまで馬鹿だからといって、仕事でしくじっただとか、訓練中に指示を聞かなかっただとかの理由がない限り、常は折檻まで許されていない。
父の命で行われたきょうだいの間引きは、父を盲信している派閥を燃え上がらせた。それでこそ長だ、これからの里は優れた者だけを残すべきだと、自分たちは何もしていないのにますますふんぞり返った。そうでもしなければ、次に粛清されるは己が身かもしれぬという恐怖から逃れられないのであろう。まったく、頭の中は誰も彼もが虫以下だった。
ぶらり、ぶらりと揺れる体は衣服が破れてぶら下がり、北風に揺すられる蓑虫のようだった。噛み締めて赤黒く腫れた口から汚い息を吐くばかり。はじめは潰れた声をあげるのを面白がっていた従兄弟も飽きてしまった。親族たちが得物を床に放り投げる。ようやく静かになった牢の中、音もなく虫の側に寄った。
「拾った物を出せ」
千切れかけの耳元で呟くと、虫は縮み上がった。吊るされているので正しくは縮めていないが腹の筋肉が引き絞れた様子が見て取れた。血の気の失せた顔がさらに白くなり、乾いた舌の根にひっかかった呼吸がぜいぜいと噴く。応答のないことに再燃しそうになった従兄弟たちを制し、右手で虫の後ろ襟に触れた。思った通り下手くそに縫い付けてある布を剥ぎ取る。ひっ、と息を飲むあたり修行が不足している。どうしても隠したい物は、いくつか偽の場所をつくるものだ。たとえ正しい所を当てられたとて、そうとわかるように身体を反応させてはならない。叔父や従兄弟は正しく虫を評価していたといえる。
中から出てきたものは、細く短いこよりだった。それも、銀色に薄く輝く。手の平にぽとりぽとりと落ちたは四本。
「愚図には似合いの所業だな」
よだれを溢れさせる口から奥歯がぶつかる音がした。歯は未だ抜かれていなかったらしい。一丁前にがちがちと歯を合わせ、明らかに虫は震えた。本当に忍としては落第なのだなと思った。兄さん以外の他人を批評する趣向はなかったが、侵入を気取られるあたりからしてそうだった。だからといって、それを良いとも悪いとも、断じるつもりも権利もないが。
此奴は父を持ち上げている家の中でひとり、兄を慕う思想だったと思い当たる。あの人は、そうやって落第印を押された者を従えるのが上手だった。何の得にもならない有象無象たちを。下手に夢を見せて、結局何の役にも立たないことを突きつける羽目になって、それはかえって残酷ではないのか。兄さんがいなくなった今となって、それは顕著だ。
目を寄せて見れば、こよりは集めた髪を細かく編んであるようであった。守り袋にでも入れるような。
「抜け忍の残り物を集めることは、反逆罪だと思うけど」
それはただの事実だった。特別脅すつもりもなかった。だが、正しく罪悪だと感じていた虫は動いた。目の前に並べられていた、手の平の上のこよりに向かって顔を突き出し、醜く膨れた唇で吸い上げ、口内に入れたかと思うと飲み込んだ。咀嚼もせず。損ねた一本が、小さな音を立てて板間に落ちる。
叔父と従兄弟は何が起きているのかわからない様子だった。この者どももいい加減なら間が抜けている。離れの床の木目の、ひとつひとつに意図せず打ち捨てられていた銀の髪が、虫の臓腑に。
視界は燃え上がるようだったが、頭は冴えていた。火を、と言ったが誰も反応しない。あいにく夏だった。火鉢は始末されて納戸で静かにしている。叔父と従兄弟の顔に汗が流れていた。鍛えれば汗腺は閉じられるはずだ。真に里の奴らのどうでもいいこと。
従兄弟のきょうだいの中でも一番幼い者に、台所から火を持って来させた。年嵩の者と違って何が起こるのか予想できない従順は、めらめらと燃える松明を差し出した。受け取って、よくできたな、と頭を撫でた。兄さんがしていたように。そしてはにかんだ顔の前で、虫の腹に火をくべた。ぎ、と声帯だか関節だかが鳴って、汗と血液の染みた上衣に炎のうつる、ちりちりとした音が。見開かれたまあるい眼が赤くぱちぱちと光る。綺麗だ。訓練がまだのお前は今から育てたら、優れた仕事ができるかもしれないね。
殺した弟たちに向けていた兄さんの顔と、限りなく同じ表情をしている自覚があった。盗める技は盗む。そのうち長になるのだから。間引きで残った自分が。歯が浮くようで気持ちが悪かったが自制の範囲だった。開いたままの赤く幼い瞳の下に、汗が伝っていた。うしろで響いていた絶叫はアブラゼミに混ざってかえって静かに思えたが、ひたすらに臭かった。俺は唐突に理解した。里の思い残しごと、あれは今日死ぬ。父が追っ手をかけぬのも、そういうことなのかもしれない。
興味深いと思った。あんなに燃え上がっていた父を崇拝者たちは、目の前で爆ぜる炎で鎮火していた。お前たちのゆく道は、同じ業火だというのに。
落ちていた最後のこよりを拾って、肉の燃え盛るところへ投げ入れた。抜け落ち、息をしない細胞は、ひとつも音を立てることなく、瞬きの間に焦げて消えた。
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2023.7
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